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眼鏡美人

「っく、はははっ! ジゼル、空を飛んでくるなんて、本物の天使みたいだったよ!」

「……それはどうも」

「ふ、はははっ、はぁ……だってさ、ただでさえ綺麗な顔をしている君が、月明かりの中を蝶々みたいにふわふわ飛んでくるもんだから、すごい、夢でも見てるみたいだったよ」


エイデンはツボにはまるとなかなか抜けないタチらしい。確かに我ながらシュールな映像だったと思うが、そんなに笑うほどか?


腕の中にいる俺が不服な顔をしていることに気が付いたのか、エイデンは肩をすくめて言った。


「あぁ、ごめん、ごめん。笑っている場合じゃなかったね。通りの向こうに辻馬車を停めてある。誰かに見つかる前に行こう」


辻馬車に乗り込むと、エイデンは鞄から服を一式取り出した。


「なるべく目立たないようにって言われたから、古着屋でよさそうな服を買ってきたよ」

「助かるよ」


寝間着から着替える余裕はなかった。このままじゃ寒いし目立ってしょうがない。エイデンが用意してくれたのは、色味の落ち着いたシャツにベスト、動きやすそうな半ズボンという簡素な装いだった。寝間着からそれに着替えると、エイデンが困ったように苦笑した。


「君が着ると、お姫さまがお忍びで街に降りてきたみたいだ。逆に目立ちそうだ」

「そうか……?」


窓ガラスに映った姿を確認すると、確かに庶民というより“育ちの良い子供”にしか見えない。


俺の顔が高貴でプリティなばっかりに……!


「そうだ、実験中に使う保護用の眼鏡があるよ。レンズはただのガラスだけど」

「それだ!ありがとう!」


前世でも視力は良かったが、PC作業用の眼鏡は使っていた。慣れた重みが鼻の上に乗ると、一気に懐かしい気持ちになる。派手な瞳の色が隠れると、俺の顔の印象もぐっと落ち着いた気がする。うん、いい感じだ。


「エイデン? なんか変かな?」


満足げにうなずいていた俺の横顔を、エイデンがじっと見つめている。その視線に気づいて振り向くと、エイデンははっと我に返ったように視線を逸らした。


「い、いや、美人が眼鏡をかけるとまた違った趣になるなと思って……勉強になったよ」

「なんだそれ」


軽口を叩きながらも、エイデンのおかげで準備は整った。しばらく馬車に揺られていくと、石畳の音が荒くなり、裏通りへと入り込む。やがて人通りの少ない暗い路地に差しかかると、馬車が止まった。


「もう降りるのか?」

「ここからは歩いてすぐだよ」


エイデンは辻馬車の御者に金を払いながら、通りの奥を顎で示した。路地の奥には小さな店がいくつも並び、軒先には古びた看板がぶら下がっている。扉の隙間からは灯りが漏れ、酒の匂いとざわついた話し声がかすかに聞こえてくる。


「行こうか、ジゼル」

「う、うん……」


意外なことに、エイデンは暗い路地裏を慣れた様子で迷いなく進んでいった。その背中を追いかけながら周囲をキョロキョロと見渡していると、道端に座り込んでいた酔っぱらいと目が合い、声をかけられてしまった。


「……おい、嬢ちゃん。ちょっと隣に座ってくれよ」


酒で赤らんだ顔に妙に粘っこい視線を向けられ、思わず足が止まりかける。


「悪いね、この子は先約があるんだ」


俺の手を掴んで引き寄せながら、エイデンは足を止めず軽く片手を振った。幸い、それだけで相手は肩をすくめ、興味を失ったように視線を外した。


よ、よかった。エイデンと一緒に来てよかった。


少し進むと、軒先に吊るされた看板が目に入る。擦り切れた木板に、糸巻きと針の絵が描かれている。ここが待ち合わせ場所の“黒針亭”だ。


「ジゼル、誰がスカラベ博士かわかるかい?」

「いや、そういえば目印とか何も言われてないな……」


中を覗くと、酒場は思った以上に雑然としていた。見るからに荒っぽそうな男たちがテーブルを囲み、酒瓶を打ち鳴らしながら笑い声をあげている。煙と酒の匂いが入り混じり、空気は重く濁っていた。


……本当にここで合ってるのか?


そう思い確かめるようにぐるりとあたりを見渡すと、俺にとって最も恐ろしい光景が目に入った。


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