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スパイ大作戦

結論から言うと、ダメだった。


レナードにスカラベ博士の手紙を見せて、事の重大性と緊急性を懇々と説明したが、レナードは「酒場」の文字を見るや否や渋い顔をして首をふった。


「でも、レナード……。俺の大事な友人が助けを求めているんだ。困っている人には手を差し伸べるのが当然だろう?」

「いけません」

「お願いお願いお願いっ!……絶対だめ?」

「ダメです」

「レナードの意地悪!!いつもはもっと外に出ろって言うくせに!」

「いけません、ジゼル様」


甘えてみたり、拗ねてみたりとあの手この手を尽くしてみたが、レナードの判断は変わらない。


 見かねた他の使用人がこっそりと教えてくれたのだが、俺が十一歳のとき、興味本位で酒を口にして意識を失い、大騒ぎになったことがあるらしい。それ以来、酒と名のつくものは料理に使うものですら俺の視界に入れないよう厳命されているそうだ。


……うん、これはどう考えても過去の俺が悪い。


……ならば、諦めるか?

答えは否だ。


あいにく、今の俺は十五歳だが、中身は三十八歳相当の理性と判断力を持つ大人の男だ。保護者に止められたからといって素直に引き下がるつもりはない。


とはいえ、俺が単身で屋敷を抜け出しても目的の場所にたどり着けるとは思えない。そこで俺はこっそりと事の次第を書いた手紙をエイデンに送り協力を要請した。


 そして約束の晩。夕食を終えた俺はいつも通り部屋に戻り、二十二時ぴったりにシーツに潜り込んだ。レナードが就寝の挨拶とともに消灯し、部屋を出ていく。廊下を遠ざかっていく足音が十分小さくなったのを確認して、俺はむくりと起き上がった。


物音を立てないようにゆっくりと足を床に下ろす。寝間着のままバルコニーに出て、光魔法で合図を送ると、屋敷の外からかすかな光が返ってきた。庭木の枝葉の隙間から、エイデンがこちらに向かって手を振っているのが見える。


ここまでは計画通り。あとは俺がどうやって下に降りるかだ。


俺の部屋は二階にある。下の地面までは四メートルほど。高すぎるわけじゃないが、飛び降りても安全とも言えない。打ちどころさえ悪くなければ死ぬことはないが、骨折くらいはするだろう。


下の景色を覗き込み、思わず喉が鳴る。一度、ゆっくりと息を吸い込み、深く吐き出す。


「…………よし、やるか」


突然だけど、君は“ミッション・インポッシブル”という作品を観たことはあるだろうか?


ネタバレ防止のため詳細は省くが、男前の俳優が、高層ビルの外壁をよじ登ったり、命綱ひとつで宙にぶら下がったりする映画だ。


「んんっ……ジゼルくん。今日の君の任務は悪の貴族の屋敷から脱出し、病気の子供を救うことだ」


なおこのメッセージは再生後に自動で消滅する――なんてな。俺はどちらかというと主人公というより、安全な場所から指示を出す司令官の役がいい。俺には彼のような強靭な肉体も度胸もないし。


だから脱出法については、映画は参考にせず、俺のやり方でやることにした。


「マスダウ フルクト(軽量化 浮遊)」


呪文と共に足元に魔力を流し込むと、体から重さがすっと抜けた。次の瞬間、身体が風船のようにふわりと浮かび上がり、思わずバルコニーの欄干にしがみつく。


「あっぶな……」


このままでは制御を失った風船のように、どこかへ流されてしまう。少し前に魔法を覚えたばかりの子供が同じことをやって空の彼方まで吹き上げられ、行方不明になりかけた事故があったらしい。新聞に書いてあった。


「……パンダ、シマウマ! こっちだ、誘導してくれ!」


合図を送ると、低い羽音とともにパンダとシマウマが率いる血吸い蜂の群れが闇の中から現れた。蜂たちは宙に浮く俺の身体にまとわりつき、背中を押すようにして少しずつ軌道を修正しながら地面へと導いていく。


「うお、ちょ、結構怖いっ……!」


ふわふわと不安定に揺れながら降下していくと、下で両手を広げて待ち構えているエイデンの姿が見えた。


「エイデン!」

「ここだ、ジゼル!」


次の瞬間、エイデンが俺の足首を掴んで引き寄せる。そのまま勢いを殺すように抱き込まれ、俺の身体はすっぽりと彼の腕の中に収まった。


「っと……大丈夫か?」

「あ、あぁ……助かった」


浮遊魔法を解除すると、全身にずしりと重さが戻る。エイデンはほっとしたのか、俺の顔を見て軽快に笑った。


「っく、はははっ! ジゼル、本物の天使みたいだったよ!」


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