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彼の最善

「ときには感情を爆発させることも大切さ。涙は澱んだ心の内を洗い流してくれる。あれだけ沢山泣いたら、頭も心もすっきりしたんじゃないか?」

「……そうだな、すっきりした」


依然として元気はないが、ようやく笑みを浮かべたジゼルに、レナードはほっと胸を撫で下ろす。エイデンは時計を見ると、残念そうに声をあげた。


「あぁ、まずい。もう戻らないと。まだ君のそばにいたいけど……」

「もう大丈夫、エイデン。今日はその、せっかく来てくれたのに、すまなかった」

「いいさ。僕たちはこれから長い付き合いになる。辛いときも楽しいときも、ってね。それにさ、ジゼル……」


手早く身支度を整えながら、エイデンは少しだけ声を落として言った。


「子供の婚姻を父親が一方的に決めるような家父長制は、いまでは一部の高位貴族しか守っていない、形骸化しつつある制度だ。ジゼルが本当に嫌なら、どうとでもなるよ」

「え、そうなのか?」


たしかに最近は、家を継ぐ必要のない子息たちは、自由恋愛や本人の意思によって未婚のままでいることも増えている。しかし、ジゼルの場合は相手が第一皇子だ。


皇族から婚姻を望まれれば、断る術はない。


レナードは口を挟みたかったが、希望に目を輝かせるジゼルを見て、その言葉を飲み込んだ。すると、エイデンはどこか含みのある笑みを浮かべた。


「もちろん、いざとなったら、アカデミーで僕の助手になればいい。朝から晩まで一緒に研究ができたら、楽しいだろう」

「はは、それもいいな」

「僕は本気で言ってるよ、ジゼル。それじゃ、また来週の同じ時間に」

「うん」


足早に屋敷を出るエイデンを見送りに、レナードは玄関先まで付き添った。


門の外へ出ようとしたところで、エイデンはおもむろに立ち止まり、ゆっくりと振り返る。その顔には穏やかな笑みが浮かんでいたが、目の奥には鋭い光が宿っていた。


「……エイデン男爵、本日はお越しいただきありがとうございました」


沈黙を埋めるようにレナードが深々と頭を下げると、エイデンは小さく息を吐いた。


「君は、ジゼルの本当の価値をわかっているのかな」

「……どういった意味でしょうか」


ぴくりと眉を動かすレナードに、エイデンはわずかに口角を上げたまま言った。


「ジゼルは、美しいだけのお人形じゃない」

「その通りです」

「お偉いさんの目を喜ばせるだけの飾り物で終わる人間じゃない。それに、誰かの庇護がなければ生きられない存在でもない」

「……ジゼル様の将来のことでしたら、最善の形で整えているつもりです」

「“最善”ねぇ……君と僕とじゃ、定義が変わってきそうだ」

「どういった、意味でしょうか?」


ジゼルが手のつけられない気性だった頃からずっと、そばで見守り続けてきたのは自分だ。ジゼルにとって最良の選択も、どんな未来がふさわしいかも自分が一番よくわかっている。今日会ったばかりのエイデンに、レナードの努力を軽々しく否定されるのは心外だった。


『ジゼルを守れる、強くて誠実な男を見つけてくれ』


 先代当主の言葉の通り、ジゼルが不幸にならないよう、最善の相手と添えるように取り計らっているつもりだ。カイラスは現状最も皇位に近い男で、近い将来この国で最も強い権力を持つことになる。


国を統べる男のもとで、何不自由ない生活。ジゼルのやりたい事だって、自由にさせてもらえるだろう。カイラス・アルヴェインの許す限りでは、だが。


「偉大な才能を潰すのは、いつだって正しさを武器にする常識人だ。悪気がないから一層タチが悪い。ジゼルにとって、君がそうならないことを祈るよ」


それだけ言うと、エイデンは踵を返した。レナードはその背を無言で見送ると、ジゼルの元へと戻った。


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