執事長レナードの後悔
一体どうしてこんなことに?
私はなにか間違ったのだろうか……?
カーネリア家の執事長レナード・ダッケンネルは動揺していた。
目の前には身を縮め、小さく肩を震わせて泣くジゼルがいる。以前の彼なら、気に入らないことがあれば大声で怒鳴り、物を投げ、使用人に当たり散らしていただろう。こんな風に、静かに涙を流す姿など、見たことがない。
先代当主であるジゼルの祖父は、亡くなる直前まで末孫の激しい気性と、その行く末を案じていた。
『レナード……俺はジゼルが不憫でならない。至らぬ孫だが、あの美しさでは隠そうとしても隠しきれない。望まぬ形で目をつけられ、いずれ不幸を招くだろう。だから――守ってやってくれ』
『ナサニエル様、どうかご安心ください。ジゼル様の将来は、このレナードが命に代えてお守りいたします』
『ありがとう、レナード。お前の言葉を信じているぞ……!』
そしてレナードは彼の死後、当主の補佐官を辞し、執事長として屋敷に戻った。すべては、先代当主との誓いを守り、ジゼルを見守り育てるためであった。
ジゼルの素行の悪さにはとても手を焼いた。遊び歩き、気まぐれに散財しては騒動を起こすのを諌め、叱責し、時には危ない目に遭うところをすんでのところで止めたこともある。
そして十五歳の誕生日、意識を失い倒れてからのジゼルは、まさしく別人であった。激しく燃えていた火が消えたように落ち着いた態度で周囲と接し、まるで老成した男性と話している気がする時さえあるほどだ。
ほどなくしてジゼルは素晴らしい才能を開花させ、この国の第一皇子カイラス・アルヴェインの心を引き寄せた。熱烈にジゼルを求めるカイラスの姿に、レナードは先代当主の言葉を思い出した。
『ジゼルを守れる、強くて誠実な男を見つけてくれ』
すぐさまレナードは、当主のアレクシスとナターシャに報告した。アレクシスは驚きながらも複雑な顔で聞いていたが、ナターシャは涙を浮かべて喜んだ。
ろくな将来を望めなかった下の息子が、思いもよらぬ幸福な未来への切符を手に入れたからだ。
これでいい。そう、強く思った。
そう思っていた、のに……。
「私は……なにか、間違っているのだろうか……」
手にした水差しからコップへ冷たい水を静かに注ぎ、レナードはわずかに息を吐いた。
あれから、ひとしきり涙を流し落ち着きを取り戻したジゼルは、鼻をすすりながら、冷たい水を持ってきて欲しいとかすれた声で頼んだ。
部屋へ戻ると、目を赤くしたジゼルの隣で、エイデンがそっと肩に手を回しているのが見えた。その光景に、レナードは思わず踏み込みそうになったが、大きく深呼吸をして表情を整えた。
「ジゼル様、水をお持ちしました」
「……ありがとう、レナード」
落ち込んだ声。最近は新しい知識に目を輝かせたり、静かに集中する姿しか見ていなかった。ジゼルの顔には、感情的になったことへの自己嫌悪が浮かんでいた。
「さっきは……大声を出して、すまなかった」
「……いいえ、私も出過ぎたことを申しました」
「……それでも、子供みたいに泣くんじゃなくて、ちゃんと話しあうべきだったと思う」
「そんな……」
泣き腫らした顔のままのジゼルに神妙な態度で謝罪され、レナードはますます狼狽えてしまう。いつから彼は、こんな諦観した表情をするようになったのだろう。
今思えば、あの頃のジゼルは孤独と不安に歪められた、ただの小さな子供であった。多忙な両親に、兄からは見放され、騒ぎを起こすことでしか周囲の気を引けない。哀れな子供。
その中で、いつかは自分が見知らぬ男の籠の鳥になる運命であることも、うすうす理解していたのかもしれない。
成人し婚姻できる年齢を迎えるまでの期限付きの自由。ジゼルは行き場のない感情を、ただ暴れることでしか発散できなかったのだ。
言葉を失うレナードの代わりに、エイデンが優しく言った。
「ときには感情を発露することも大切さ。涙は澱んだ心の内を洗い流してくれる。あれだけ沢山泣いたら、頭も心もすっきりしたんじゃないか?」




