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お兄様の許可

それからエイデンと俺は自室へ移動し、互いの研究の進捗を報告し合った。その後は名目どおり、この世界の一般的な知識や制度について教えてもらう。


「アストラ帝国は、イグニス大陸の三分の二を支配する大国だ。周辺諸国への影響力も大きい。初代皇帝の血を引くアルヴェイン家の皇族が代々統治している」

「そんなに大きな国なのか」


 驚いたことに、この世界の地理は前世のそれと似ていた。大きく分かれた五つの大陸。そのうちのひとつであるイグニス大陸の上から半分ほどまでが、アストラ帝国の領土のようだ。


規模的には前世でいうアメリカとカナダを合わせたくらいか。渡された地図を見ながら目を細める俺に、エイデンは頷いた。


「政務を統括する議会に出席できるのは、国防や財務を担う有力貴族、そして宰相のカーネリア公爵――君のお父上だね。さらに、法の執行機関である司法院と、国民の九割以上が信仰する国教・聖マルティナ教の中枢である教会も、大きな影響力を持っている」

「なるほど」


 ざっくりいうと、中世時代の専制君主制というやつか。


前世でいう軍事や財政を担当する貴族が、皇帝に直接進言することができる。宰相はそれらを統括・調整する実務的な存在。つまり俺のお父様は実質この国で二番目に偉い人というわけだ。やはり、今世の俺はとんでもない家柄に生まれてしまったんだな。


「そして治癒魔法士を統括する治癒院は教会の直轄組織だ」

「……ということは、治癒魔法士は聖職者なのか?」


 妙に閉鎖的な集団だと思っていたが、治癒魔法は宗教組織の一部なのか。教会に守られているからこそ、富裕層限定なんて殿様商売ができるのだろう。


「そのとおり、治癒魔法士への高額な報酬は教会へ寄進され、彼らの崇高な宗教活動を維持するために使われる。治癒魔法による治療を受けられるのは十分な寄進を行える信者だけ。優先順位は寄付金の額で決められ、ただ教会に通うだけの庶民じゃ、治癒魔法を受けることはできない」

「要は金をださない者は救わないってことだろう。そこまで拝金主義だと、一般庶民の信者からは反感を買わないか?」


 前世の俺が住んでいた国、ニホンは神道仏教などの宗教観が入り乱れ、無宗教の人間も少なくなかった。俺も神仏はおろか死後の世界すら信じていなかったが、帝国民の九割が信者なら、宗教人口はかなりの数になる。


そしてその大半が、贅沢とは無縁の生活を送る庶民のはずだ。そう考えて首をかしげる俺に、エイデンはわずかに笑みを浮かべた。


「いい質問だ、ジゼル。それはおそらく、アストラ帝国の国母となった聖女マルティナ様が平民出身だからだろう」

「聖女?」

「辺境の村出身の少女だったマルティナ様が、彼女の起こす数々の奇跡によって人々を救い、聖女として崇められるようになった。聖マルティナ教の聖女伝説は、国民が幼い頃から聞かされて育つ寓話のようなものだ」

「なるほど、民衆をまとめるのに物語は便利だからな。識字率が低くても、わかりやすい物語なら口伝えで広めるのも簡単だ」


前世でも、聖書は最も広く読まれた物語だったといえる。教えを含ませた物語を生活に溶け込ませれば、価値観を自然に共有させることができる。


考えたことを何気なしに口にすると、エイデンは一瞬だけ、表情を消した。その瞳がわずかに細まり、こちらを計るように見つめてくる。


……まずい、さすがに不謹慎だったか?


もしくはエイデンこそが敬虔なマルティナ教信者の可能性もある。信仰を軽んじるような言い方に聞こえたかもしれないと内心焦るが、次の瞬間、エイデンはふっと力を抜くと、楽しげに目を細めた。


「あぁ、ジゼル……」


柔らかく名を呼ばれ、思わず身構える。


「エイデン、すまない、その……」

「君って本当に……面白い。今日だけで君のことが前よりずっと好きになったよ。正直言って、こんなに魅力的な人だとわかっていたら、もっと早くに会いに来たのに」

「み、魅力的?」

「おっほん! んん゛っ!」


大げさな物言いをするエイデンに、すぐ横に立っていたレナードがわざとらしい咳払いをする。エイデンは気にすることなく、壁にかかった時計を見て肩をすくめた。


「あぁ、そろそろ戻らないといけないな。来週も来ていいかい?君といると時間が経つのが早すぎるよ」

「もちろん、正式に家庭教師として雇いたいし」

「嬉しいよ、アカデミー宛に正式な依頼状を送ってくれ」

「わかった」

「んんん゛っ!うおっほん!!」


和やかに顔を見合わせる俺たちに割り込むように、レナードの執拗な咳が続く。さすがに無視できないので、俺は大きなため息をついた。


「レナード? 咳が出るなら下で休んできたらどうだ」

「……ジゼル様、エイデン男爵をお雇いするかどうかは、ルシアン様のご許可が必要です」

「お兄様の?」


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