未来の花嫁
今、俺は夢を見ている。
その証拠に、ジゼルの寝室で眠ったはずなのに、今はどこか知らない部屋にいる。
ここはどこだ?
カーネリアの屋敷ではなさそうだが、貴族の家なのは間違いない。
昔、映画で見た宮殿の一室のような豪華な部屋だ。天井は高く、白い石の壁には繊細な装飾が施されている。床には紅色の絨毯が敷かれ、窓からはやわらかな光が差し込んでいた。
大きな姿見と鏡台があるから、控え室のような場所なんだろうか。ふと鏡を覗き込み、映った姿に俺は息を呑んだ。
「これは……!?」
今よりも少し背が伸びて大人びた顔の俺が、花嫁衣装のような純白の衣をまとっている。胸元には繊細な刺繍、裾には細やかなレース。そして左の薬指には、見たことのない純金の指輪が静かに輝いていた。
一体なんなんだ。どんな夢なんだこれは?
「ジゼル、入ってもいいか?」
扉の向こうから男の声がする。聞いたことがない声だ。固まったまま動けずにいると、ゆっくりと扉が開いた。
銀色の髪に緑の瞳をもつ、美しい若い男が現れた。精悍で整った顔立ちは一見冷たそうにも見えるが、男がまとう甘やかな空気がそれをやわらげている。
男は俺と目が合うと、困ったように微笑んだ。
「まいったな。そんなに美しい姿、他の誰にも見せたくない。そのまま箱にでも仕舞ってしまいたくなる」
「……カイル・ペンドラゴンか?」
見覚えのある銀髪とその大げさな物言いに、思わず呟くように言うと、男は驚いたように目を見開いた。
「懐かしい名前だ。出会ったころのことを思い出すな。君は俺のことを、しつこくて諦めが悪い男だとうんざりしていた」
出会ったころ?
なんのことだ。
カイルはただの文通相手で、お互いに顔を見たこともない。
黙ったままでいると、カイルはくすりと笑い、俺の腰を引き寄せ、頬にそっと触れた。
「……緊張しているのか、ジゼル。心配しなくても、この結婚を喜ばない国民はいない。今日この日から、君は未来永劫、俺だけのジゼルになるんだ」
「は……?」
結婚? 未来永劫?
何を言ってるんだこの男。
ぼう然としていると、カイルの顔がゆっくりと近づいてくるのに気付き、思わず胸を押し返した。
「ちょっと、待っ……っ」
「本当に懐かしいな、あの頃の君みたいだ」
カイルは優しく目を細め、愛おしむように言った。
「もう待たないよ、ジゼル。君に触れられるようになるまで、三年も待ったんだ……」
腰にまわる手に力が込められ、カイルの顔が近づいてくる。
こちらを見つめるエメラルド色の瞳から、目が離せない。
「か、カイル、待て」
「愛してる、ジゼル」
カイルの吐息が唇に触れる。
キスされる――
思わず、目を閉じたその瞬間。
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「うわああああっ!!?」
俺は跳ね起きた。
見慣れたジゼルの寝室。心臓がバクバクと音を立てている。全力疾走したあとみたいだ。静かな寝室の窓から見える夜空には、綺麗な満月が浮かんでいた。
「はぁっ……はぁっ……」
と、とんでもない夢を見てしまった。汗を拭き、息を整える。寝間着の襟元から、カイルの髪の毛と俺の髪の毛を入れたお守り袋がこぼれ落ちた。
くそっ、こんなもの首から下げているから夢見が悪くなるんだ!
『満月の夜、真夜中ちょうどに東の方角を向いて道中の無事を願う』
カイルに依頼された“乙女の祈り”とやらを実行するため、起きていたのだが、少し横になっている間にうたた寝していたらしい。時計はあと少しで十二時を指すところだ。危うく寝過ごすところだった。
バルコニーに出て夜空を見上げる。この世界にも星があり、月がある。大気圏の向こう側は、前世と同じく宇宙が広がっているのだろうか。
俺はコンパスで東の方角を確認すると、両手を組んで目を閉じた。
「……カイルが無事に帰ってこられますように」
これでいいか?
これでいいよな!?
うぅ、なんだかすごく恥ずかしいことをしている気がする……
俺はお守り袋を懐に仕舞い込むと、胸いっぱいに夜の空気を吸い込み、再び寝室へと戻った。
――屋敷の外から、俺を見つめる銀髪の男がいるとは知らずに。




