乙女の祈り
「こちらをお持ちするにあたり、カイル様より伝言を預かっております」
「伝言?」
「はい、カイル様から、“重大”かつ“切実”なご相談があるとのことです」
「重大で切実? ずいぶんと大げさだな」
怪訝そうに眉をあげる俺に、レナードは勿体ぶった様子で続けた。
「その前に、念のためお伝えしておきますが、カイル様はそちらの書物を手に入れるために大変な……非常にたいっっっへんなご苦労をなさったそうです」
「そ、そうか……」
カイルがそんな恩着せがましいことを言ってくるのは初めてだが、たしかにこんな貴重な本、簡単には手に入らないだろう。
「もちろん、ジゼル様に対価を要求するつもりはないそうですが、その代わり、“ささやかなお願い”を叶えていただきたいそうです」
「……聞こうか」
なるほど、交換条件ってわけか。しかし、なにを要求されたとしても、この本を返す気はないぞ。子を守る母親のように大切に本を胸に抱く俺に、レナードは真面目な顔で続けた。
「……実は、カイル様はしばらくの間、皇都を離れ、国境沿いの辺境領の砦まで遠征に出られるとのことです」
「砦って、ルシアンお兄様が仕事で行くって言っていたところか? カイルも行くんだな」
昨日の夕食もルシアンお兄様と一緒だった。その席で、しばらく第一皇子と共に国境方面へ出向するので戻れないと残念そうに言われた。カイルは騎士団の関係者らしいから、皇子の護衛として同行するのだろうか。
「ま、まぁ、そうともいえますな。非常に重要なお役目で行かれるのでございます」
「ふーん」
「国境付近は凶暴な魔獣も多く、危険な任務でございます」
「そうなんだ」
「野盗や山賊が出ることもあり、天候が崩れれば野営が続くこともございます」
「大変そうだな」
いつにない熱量で任務の過酷さを語るレナードだが、なかなか本題が見えてこない。結局、カイルは俺に何をして欲しいんだ? まさか医者として帯同してほしいとか? 万年運動不足の引きこもり少年ジゼル君に無茶を言わないでほしい。
しかしレナードの口から出たのは、まったく予想外の言葉だった。
「そこで、ジゼル様にはカイル様のために“乙女の祈り”をしていただきたいとのことです!」
「……おとめのいのり?」
当方、乙女でもなければ祈祷師でもないが。
「カイル様の道中の無事を祈願して、ジゼル様の真心がこもった乙女の祈りを用意して欲しいとのことです」
「待て、用意する? なにか物体として渡すものがあるのか?」
困惑する俺に、レナードは熱心にうなずいた。
「はい! 必要な品は預かっております。まずは、カイル様の服の切れ端と、髪の毛でございます!」
「怖い怖い怖い!!」
一目で上等なものとわかる布きれに、綺麗な銀色の髪束を差し出され、俺は思わず飛びのいた。レナードは怒ったように言った。
「ジゼル様! 乙女の祈りは旅立つ相手のことを想い、道中の無事を守るための神聖なものでございます! 相手の髪の毛と自分の髪の毛を結い合わせ布で包み、三日間肌身離さず身につけます。それから満月の夜、真夜中ぴったりに東の方角へ願いを捧げるのです!」
「手順が多い!! そして怖い!!」
要は護符みたいなものなんだろうが、やたら手順が複雑だし不気味だ。相手の髪の毛を使うあたり、まじないというより呪詛っぽい。
「な、なんだかすごく難しそうだ、俺に出来るかな~……?」
「ジゼル様」
「そもそも、次の満月っていつだ? お兄様の出発は四日後だろ? 間に合わないんじゃないか?」
「三日後の夜でございます、ジゼル様」
「……そっ、そんな非科学的なものに頼るより、もっと他にすることがあるんじゃないか? 強い武器を用意するとかさ……」
「ジゼル様」
一歩、また一歩とレナードが静かに距離を詰めてくる。やめろやめろ。髪の毛を渡そうとするのやめろ!
「や、だって、なんか気持ち悪いからやりたくな……やめろ! この本に触るな! わかった、やるから!! やるから!!!」
表情を消したレナードに本を奪われそうになり、俺は思わず叫んだ。レナードって、普段は優しいのに、こういうときはすごく怖い。やっぱりカタギじゃないんだ。……ぐすん。




