カイルのおねだり
突然だけど、君は「良い知らせと悪い知らせがある」と言われた場合、どちらから聞きたい派だろうか。
良い知らせを先に聞いて、悪い知らせを聞くための心の準備をするという考えもあるだろう。たしかにそれも悪くない。最初に良い知らせを聞いておけば、その時は純粋な気持ちで喜ぶことも出来る。
だが、俺は最初に悪い知らせを聞く派だ。なぜならさっさと悪い知らせを聞いて対策を練ったほうが時間の無駄がないからだ。良い知らせを聞くのは問題が片付いてからでいい。
「じゃあ、悪い知らせからで」
「かしこまりました。ジゼル様、大変残念なことですが……家庭教師を見つけることが出来ませんでした」
「そうか……」
俺はこの世界の常識を知らない。このまま公爵家の放蕩息子として不自由なく生きていければよいが、我が家は悪の巣窟。国民に忌み嫌われ、帝国の裏社会を支配する悪の貴族だ。
世間を知り、いざというときは家から独立出来るようにしておきたい。そこで俺は、なんとか兄を説得し、この世界の一般常識を教えてくれる教師を探してほしいと頼んだのだが……。
「申し訳ございません、ジゼル様」
「ううん、俺の昔の素行の事もあるし。覚悟していたよ」
以前、大の勉強嫌いだった俺は、雇われた家庭教師を何度も追い出していた。今更改心したところで敬遠されるのではないかと危惧していたが、レナードは静かに首を振った。
「それもあるかもしれませんが、元よりカーネリア家に関わることを恐れて、教師を請け負う貴族がほとんどいないのです。特にアカデミーの教員は保守的な方々ですし」
「あぁ~……なるほど……」
「アレクシス様にお願いすれば、強制的に従事させることもできますが、いかがいたしましょう?」
「いや、そこまではいい」
前世でもヤのつく家業の方たちは腫れ物扱いだ。危ない連中とお近づきになりたくない気持ちは痛いほど分かる。それに、金と権力に物を言わせて無理やり連れてきた相手に教えてもらうのも気が進まない。
仕方ない、ひとまず一般常識の勉強は独学で続けることにしよう。分からないことはレナードや屋敷の使用人たちに聞けばいい。
「それじゃ、次は良い知らせを聞こうかな」
「かしこまりました。ジゼル様、カイル様より特別な贈り物をお預かりしております」
「カイルから?」
カイルからの一方的な贈り物はルシアンお兄様が止めてくれたらしく、久しく俺に届いていない。相変わらず手紙は届くようで、レナードがこっそり隠しながら持ってくるが。俺が首をかしげると、レナードは布に包まれた一冊の本を差し出した。
「こちらでございます」
「こ、これは……!!!」
表紙には何も書かれておらず、大きさの違う紙が何枚も束ねられて一冊の本になっている。中にはところどころ掠れた文字で、古代エルフ語で書かれた呪文がいくつも並んでいた。毒草による皮膚炎を治す魔法、麻痺を治す魔法、吐き気を抑える魔法……。これは治癒魔法の呪文をまとめた教本だ!
「すっ、すごい!! どうして、どうやって……!?」
治癒魔法の全容は治癒魔法士の独占で秘匿されており、まとまった資料や公開されている記録は存在しない。これは誰かが書き写した写本のようだ。一体誰が? どうしてこれをカイルが持っている??
「解剖学用語の古代エルフ語まで書いてある!! はあああ最高だ!! 愛してるぞカイル・ペンドラゴン!!」
「愛? いま、愛とおっしゃいましたかな!? ジゼル様!!」
「えっ!? いや、そうじゃなくて、言葉のあやというか、別に本気で言ったわけじゃなくて……」
興奮して余計なことを口走った俺に、レナードがいつになく真剣な様子で詰め寄ってくる。なんだなんだ。別に本気でカイルを愛してるわけじゃない。気分が上がったときに出てくるオーマイゴッシュ的なやつだよ。
誤魔化すように咳払いする俺に、レナードはすっと背筋を伸ばして言った。
「実は、こちらをお持ちするにあたり、カイル様より伝言を預かっております」
「伝言?」
目を爛々と輝かせるレナードに、俺は嫌な予感がした。どうやら「良い知らせ」にもなにか裏がありそうだ。




