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良い知らせと悪い知らせ

今、俺は夢を見ている。


その証拠に、ジゼルの寝室で眠ったはずなのに、今は前世の相沢直が勤めていた古めかしい大学病院の教授室にいる。壁一面の本棚には大量の医学専門書。目の前には沈んだ顔をした教授と医局長が座っている。


「相沢先生、病院の口コミに先生の個人情報が書かれていたよ。削除するよう申請したが、時間がかかりそうだ」

「外来にも苦情がきている。患者様の安全を守るため、しばらくの間、先生の外来は停止することになったから」


ただでさえ人手不足な大学病院、外来をまわす医者に急な欠員が出ると病棟業務にも支障が出る。疲れた顔で説明する医局長に、俺は短く問い返した。


「…………代診はどなたがやってくれるんですか」

「三木元先生だ。保護者の方も喜んでくれたよ。優しくて明るい先生で嬉しいって」

「そうですか……」


後輩の三木元は、爽やかで人当たりも良く、患者からも保護者からも好かれるタイプだ。医者としての腕もいい。彼なら俺の患者を任せても問題ないだろう。荷物を片付け、外来の片隅でカルテに患者の申し送りを書いていると、背後から声をかけられた。


「相沢先生!元気出して! ネットの誹謗中傷なんか真に受けちゃダメよ?」

「先生が子どもたちのために一生懸命頑張ってること、私たちは知ってるわよ! ねぇ三木元先生!」


外来看護師の高橋さんと佐藤さんだ。大きなお子さんもいるベテランで、俺の愛想のなさをフォローしてくれる頼りになる二人組だ。話を振られた三木元も、苦笑しながら同意した。


「そうそう、人の噂も七十五日なんて言いますし。しばらくすればみんな忘れますよ。謹慎だなんて医局長も大袈裟な言い方したけど、要は長期休暇でしょう。いい機会ですからゆっくり休んで。リフレッシュして来てください」

「そうよ! 髪の毛切って、エステでも行ってきたら? 先生もかわいい顔してるんだから、ちゃんとすれば三木元先生みたいなイケメンドクターになれるわよ!」

「いや……研究室にいます。なにかあったら、外来には降りられないけど連絡ください」


下を向いて渡り廊下を歩く。そういえば最後に飯を食ったのはいつだっけ。ネットで住所がばら撒かれてからは、家にも帰れていない。コンビニで何か買って来るか……。


まあいいか。面倒くさい。腹も減ってないし……。


###


「ジゼル様! おはようございます! 本日はお寝坊でしたね。さては夜中まで読書でもしていたんですか?」

「……おはよう、レナード」


朝食を運んできたレナードに軽く手を振りながら起き上がると、右のこめかみにズキズキと拍動する痛みを感じ、俺は顔をしかめた。


「ジゼル様!! どうされました!?」

「……大丈夫、ただの片頭痛だから。少し休む。氷まくらとブラックコーヒーを用意してくれ」

「か、かしこまりました!」


慌てて去っていくレナードの足音を聞きながら、俺はシーツの中に潜り込んだ。ジゼルの身体は若くて丈夫だが、今までの不規則で乱れた生活習慣のせいか、様々な不調を抱えていた。そのひとつがこの片頭痛だ。


天気が悪かったり、前世の夢を見た日は決まって目覚めると目の奥を刺されるような強い痛みを感じる。カフェインをとって暗い部屋で安静にしていると徐々に治っていくが、前世のNSAIDsやアセトアミノフェンなどの痛み止めがないのは本当に不便だ。


「うぅ……」


まずい、痛すぎて吐き気までしてきた。仕方ない。まだ未完成だが、あの魔法を試そう。


「……ヴァスク スパルム(血管 収縮)、コルトナ セグマド(痛覚神経 選択的鈍麻)」


脈打つような痛みが、波が引くように消えていく。片頭痛は血管拡張と三叉神経の刺激による痛みだ。痛みを伝える神経を選択的に鈍くして、頭痛を軽減する。顔まわりの神経は危険だから避けていたが、背に腹は代えられない。幸い、大きな副作用もなさそうだ。


「ふぅ……」


ようやく起き上がれた俺は、レナードを待つ間、寝る前まで読んでいた『実践的な魔獣学 ノートン・ワイルド著』を手に取って読み始めた。魔獣の生態や対処法が載っている実用書だ。生きている魔獣はまだ見たことがないが、図鑑のようで面白い(もちろん、実物には絶対に遭遇したくはない……)。


しばらく読書に没頭していると、コーヒーを持ってきたレナードに軽く叱られ、午前中は安静にすることになった。


 昼食の時間となり、ようやくベッドから出る許可が出た俺は、気分転換に庭へ出ることにした。整然と手入れされた庭園を歩き、庭の隅に設置してもらった巣箱へと足を運ぶ。


「パンダ、シマウマ、元気か?」


返事をするように寄ってきて羽音を立てる二匹に、思わず笑みがこぼれる。賢いパンダとシマウマ。先日の二匹の活躍をスカラベ博士に報告したところ、追加の血吸い蜂たちが送られてきた。部屋の中で飼育していると侍女たちが怖がるので、外に移してもらったのだ。


幸い、蜂たちは巣箱が気に入ったようで、大人しく定着している。こいつらは俺を女王蜂と認識して命令に従っているらしい。


パンダたちに別れを告げて部屋に戻ると、レナードが神妙な顔で待ち構えていた。


「どうした、レナード」

「ジゼル様、良い知らせと悪い知らせがございます」



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