第9話・ギリアムが思い出す、キメラの倒し方
俺のタイミングというか、体内時計が他の3人よりも速いとわかったのは、冒険の中盤あたりだった。
同じ10秒でも、イリオスやシュレー、ナロウには9秒ほどの速さで時を刻んでいるらしい。たかだか1秒の誤差。だが、戦闘時は阿吽の呼吸が求められる。シュレーが魔法発動するタイミングでは前線から少し下がらねば、俺にも魔法が直撃する。
ゴリゴリと押せというときは、ナロウに防御魔法を最初からかけてもらうが、いざというときは自分でもかけられる。だがこれはとっておきの秘密だ。俺が魔法を使えることは、まだ皆には明かしてはいないからだ。
体内時計が速いというのは、異なる2つの言語体系・人語とエルフ語を脳の中で処理しているためだ。加えて、俺は時間魔法が使える。時間を止めるといった高度な魔法は使えないが、時間の流れを遅らせる、早めるといった魔法が使える。もうひとつ、時間を揃えるという魔法も習得している。使いどころが難しいが、たとえば魔法を同時発動すると言ったときには有効だ。
火球をイリオスの剣にエンチャントさせようと決断したものの、ナロウが喉奥だけで詠唱している魔法が気になってしまった。
さっきから時間魔法について思い巡らせたのは、火球の詠唱をやめ、密かにナロウの時間の流れを緩やかにする時間魔法をかけたからだ。
ナロウが喉奥で詠唱している魔法――あれは解析魔法だ。呪いを分析しているとみていいだろう。
ナロウの表情が硬い、シュレーにも口の動きで報告したのだろう。俺はのけ者か。クソ。三人が力を合わせなきゃって時じゃないのか今は。
トリプルヘッドとの二度目の戦いを思い出す。あの日、俺とシュレーとナロウは精神魔法の同時詠唱を試みた。だが、何度練習を重ねても、タイミングがずれる。俺の体内時間が速いせいでもある。
皆、この頃には俺の体内時間のズレをわかっていた。だから、俺は皆に提案することにした。
「時間を揃える魔法を唱えるよ」と。
だが俺はひとこと付け加えた。
「母から教わった唯一の魔法だ。この魔法以外は使えない。俺に魔法を期待するなよ」と。
ハーフエルフは変異しやすく、従来のエルフよりも魔力・魔法制御力・魔法習得・魔法詠唱に秀でていると思われがちだ。俺は、その偏見で随分と苦しんだ。純血エルフからは、忌み子として疎まれつつも、変異種としての素質もないとわかると、ひどく虐められた。
俺は隠していただけだ。おそらく、俺の村のどのエルフよりも俺は優れている。だが、強さは敵を生む。父からの教えに従い、俺は敢えてエルフの力を出さず、武を極めることとしたのだ。
その俺から、時間魔法の提案だ。皆目を白黒させた。あの時は愉快だった。
時間魔法により、カウントを揃え、魔法詠唱から終わり、発動までを7秒で設定した。皆ピタリと魔法を発動させ、トリプルヘッドは容易に混乱状態になった。
油断から生まれた隙に、精神魔法で混乱させるという前代未聞の戦い方。しかも、時間の流れを揃えて、同時に魔法が発動する。戦いを見に来ていたウッドバルト王国の兵士たちは、一瞬の出来事に言葉を失っていた。
トリプルヘッドの頭部を3つとも斬り落とすと、地鳴りのような荒々しい歓喜がウッドバルト平原を包み込んだ。
アシュフォード王が怪しいこと、イリオスの剣はニセモノであること、イリオスの剣からあるはずのない呪いを感知したこと
それらすべてが仮定の話だ。だが、俺とシュレーとナロウの3つの脳で考えていることが一緒であってほしい。アシュフォード王のご高説が長く続いているおかげで、俺たちには思考する時間が続いている。
この状況に便乗して、アシュフォード王にも遅延の時間魔法をかけておいた。時間魔法は精神魔法と源流が近いから、かける相手の精神力の強靭さに随分と影響される。
ナロウに遅延の時間魔法をかけても、さほど効果がなかったし、トリプルヘッド討伐の際の時間を揃える魔法は、俺も含めて効きが悪かった。
アシュフォード王への遅延の時間魔法がたいして効いていない。ナロウよりも効きが悪い。アシュフォード王は戦地に出向かない王として有名だ。城から一切出ない。臆病者とも揶揄されているが、生まれついての王とはそういうものだろう。先代は、勇猛果敢な王ではあったが。
戦闘経験もなく、魔法にも精通していなはずのアシュフォード王、街の酒場の親父の方がよっぽど強い。
だがどうだ、遅延の時間魔法の効きはナロウより悪い。やはり、アシュフォード王は別人であるということで間違いない。
この事実をどうシュレーやナロウに伝えればいいのか。
トリプルヘッドとの戦いでは、時間を揃える魔法とはいえ、その呼吸は最初から一致させておく必要があった。
吸う、吐くのリズムを同期させる。とはいえ、獅子・山羊・蛇とそれぞれの顔に向かって魔法を放つため、戦闘位置はバラバラ。だから呼吸を合わせるサインが必要だった。
人差し指・中指・薬指を立てて3のハンドサインを使った。山羊担当の俺は、トリプルヘッドの背中に乗り、遅延の時間魔法開始の合図を送った。
3秒で呼吸を合わせ、俺は詠唱済みの遅延の時間魔法を発動させた。その5秒後に、三人揃っての精神魔法「混乱」をぶちかました。
俺はおもむろに
「王よ、トリプルヘッドについてはご存じですか? 実は魔王討伐後に、再戦したのです。魔王以上に手強かった」
シュレーとナロウの視線を感じた。二人ともトリプルヘッドについて思い出していたのだろう。
「3人の息を揃えれば、どんな厄介なことも解決できるもんだ」
トリプルヘッド討伐後に、イリオスは俺たちを賞賛した。どこか先生のようでもあった。
シュレーもナロウも、イリオスのこの労いの言葉を覚えているはずだ。そして、今のこの妙な状況を打破する策でもあるとわかっているはずだ。
俺は指を3本立てた。時間を揃える魔法の合図。だが、この状況で唱えるべき精神魔法はなんだ。
「混乱?」いや、トリプルヘッドとは状況が違う。混乱させても、意味がない。場合によっては、いきなり戦闘になりかねない。
「睡眠?」それは俺が詠唱できない。隠し立てしているわけでもなく、できないのだ。シュレーも扱えないだろう。
「混乱ってさぁ、幻視ができないと扱えないんだよね。だから、まずは幻視を覚えようね」
ナロウの教え方は上手だったが、混乱は幻視の上位魔法だったとはこの時初めて知った。
昔の漁師たちは、必要に迫られて「混乱」魔法を習得したが、魔法学からすると、「幻視」から「混乱」へとステップを踏む必要があるらしい。
「幻視」その名の通り、自分が隠し立てしているやましいこと、失敗によるトラウマ、苦手な人・こと、そういった「恐れ」に近いものが現れる。ウッドバルト王国で捕獲されたキメラに、幻視をかけたことがある。調教師曰く、魔王を見ているのではないか? ということだった。
「幻視」に二人は気づくか? 気づくだろう。もし、幻視が発動すれば、アシュフォード王には何が目の前に現れるのか。
その恐れとは何か。知りたいという欲求に心の深いところまで覆われる。
ハンドサインに気づいたシュレーとナロウは、目で頷いた。
シュレーとナロウは、魔力の出力ストッパーを外したのか。あふれ出る魔力に玉座の間の空気が歪む。
俺も、もう隠し立てはやめた。持てる魔力を全開にして、「幻視」を唱えた。




