第10話・カゲヤマとイリオスの決意
東の国からウッドバルト王国までの海路は、危険が多い。護送船団による警護は欠かせない。途中のナハッジ海峡では海賊が、抜けた先のベグラッツ海底で走るマグマが魔物たちにとって、絶好の猟場となっている。
私が護衛していた三隻の商船は大嵐の海に飲まれ、私たちの護送船は海の魔物たちによって大破した。
ウッドバルト沖の漁師たちに救助され、生き残ったのは私とわずかな部下のみ。他は、海の魔物たちに喰われたのだろう。東の国では忍びの方と呼ばれている。
物珍しさからか、アシュフォード王は私たち忍びの方を王の護衛として重用した。家族を持たない私は、東の国を捨てることはさほど難しくもなかった。この地で骨をうずめることとした。
アシュフォード王の様子が変わり始めたのは、一年前あたりから。魔物の臭いがする。もともと魔物と共生していたのか、乗り移られたのか、入れ替わったのか、わからない。
私たち忍びの方は、忠義という契りを結ぶ。これは僧侶たちの女神との契約に近いものだ。不履行・不義理と言った行為は、「呪い」を生む。私の忠義の相手は、アシュフォード王だ。
それゆえ、王を問い詰めることも、正すこともできないのだ。忠義とは、隷属関係ともいえる。
あちこちから嘆願書が届く。子どもたちが姿を消したというのだ。跡形もなく、痕跡すら残さず。あり得るのか? そのようなことができるのは、魔物だけだろう。
魔王をイリオスたち勇者一行が倒したといっても、魔物が完全に滅んだわけではない。それはそれなのだ。主を失った魔物は、統制するものを失った。中心を失った円のように、その形はいびつになっていく。
魔物同士の抗争も増え、それは食物連鎖とも言えるのだが、その連鎖のなかに意図せず人類やエルフ、ドワーフたちも組み込まれてしまった。
私たちは、捕食されることもありえるのだ。
失踪した子どもたちは、おそらく魔物に捕食されたのであろう。骨まで残らず喰らう。護送船団での海難事故と魔物襲撃により、100人近くの商人・忍びの方が亡くなったが、骨一つ見つからなかった。ウッドバルトの漁師たちによると、陸地より海の方が魔王討伐後に不安定な情勢となっていると。
魔王はもともと海の王でもあったと言う話だ。海から陸を侵略した、一代で成り上がりの魔王。陸地での呼吸を手に入れるために、進化を遂げたのだろう。その過程で、数多くの漁師たちが捕食されたという。
魔王が陸地に適応していくなかで、子どもを捕食したことで、さらなる力を手に入れたそうだ。漁師たちの話は荒唐無稽であるが、語り継がれるだけの意味はある。
アシュフォード王国で失踪した子どもたちは、78人だ。他にもいるかもしれないが、正確に数えられたのはそれだけだ。
今の魔物たちは、子どもを捕食しない。魔王が食すためのものであって、魔物たちにとって人間の子どもというのは、魔王への献上品であるのだ。
つまり、アシュフォード王が魔王であると? その可能性を確かめたいが、私にはできない。
私は勇者イリオスへ書簡を送った。魔王討伐したという男に、アシュフォード王を見極めて欲しいという依頼だ。場合によっては、打ち倒して欲しいとも。
イリオスからの返事はなかった。部下の忍びの方を使っても良かったが、王に私の行動が露見するのを恐れた。それゆえ、イリオスの王への謁見訪問を諦めた。イリオスに私が通じているという疑義が起こったのが王侯会議でのことだ。
「イリオス殿に王からの褒美の礼をしていただきたく、謁見訪問を書簡にてお願いした」
とウソをついた。魔王討伐の報償としての褒美、通例では3年経つと、この国では礼を尽くすために、王に謁見するというのが習わしらしい。その慣例を利用した。
「では、イリオスは来ぬのだな」
「はい、ですが不可解な話がございまして」
王は退屈そうに玉座の腕を指で叩いている。かつての王にはなかったクセだ。私は続けた。
「イリオスが王への訪問ができませぬのは、どうやらイリオスが何者かに誘拐されたようでして」
私は、巨大な棺桶のような宝物箱を忍びの方たちに運ばせ、魔法印でしばられた上蓋を解除して開けた。
「カゲヤマ、なんだこれは」
「イリオスの剣、でございます」
王の目つきが変わった。伝説のイリオスの剣だ。城門前に置かれていたと上申した。イリオスはこの名を冠した剣を肌身離さなかったため、イリオスが誘拐された可能性が高いと伝えた。
王侯議会はざわついた。イリオスほどのものが誘拐されることがあるのか、と諸侯たちは口々に言った。
「王よ、東の国では名を冠する武器を奪われるとは不面目の極み。恥辱でございます。それは王の国でも同じこと。イリオスの名誉を貶め、王からの寵幸すらも辱めることが目的でございましょう」
王の頬が緩むのを見た。この一年ほどで様子が変わって来たが、笑みに近い表情は初めてだ。
「しかし、イリオスが誘拐されたとまでは言い切れぬのではないか?」
「ですから、かつての仲間・シュレー、ナロウ、ギリアムたちを参考人として招聘いたしましょう。彼らの誰かがイリオスを貶めることで、王の名誉までも汚すことを狙ったのかもしれません」
王の破顔を確認した。引っかかった。
「それでは、三人を呼べ。誘拐犯を探すのじゃ」
イリオスの剣が入った巨大な宝物箱には、一通の手紙が同封されていた。宝物箱は魔法印がかけられていたが、解除しても開かなかった。強固な「鍵」で封されていた。
通常の鍵では開けることはできない。忍びの方たちでも手に負えず、私が一晩かけて開錠した。こちらの国では盗賊と揶揄されることがあるが、その技量が役に立った。
古代エルフ語で書かれたイリオスの手紙は解読に時間を要した。王に読まれないようにするためとはいえ、用心深い。
カゲヤマ殿、王のもと訪問できず申し訳ございません。私が単独で行けば、血をみることとなるでしょう。そもそも、今の私には、子どもたちをさらったという王の犯罪を証明することができません。
私の代わりにシュレー、ナロウ、ギリアムを王の前に呼んでください。3人なら宝物箱に入っているイリオスの剣の意味に気づくはずです。王の正体はあなたもお気づきの通りおそらく魔王だと思います。私はその確証を得るために、魔王を討伐したローグの風洞に潜ります。確かに倒したはずなのです」と。
もし魔王が復活していたらどうするのか?
後生大事にしていた、イリオスの剣も持たずに、ローグの風洞に単身で潜る方が危険だと思うが、イリオスの考えがあってのことなのだろう。
勇者とは勇敢な者と言う意味ではない。東の国では、勇者の勇とは「決断力」を意味する。イリオスは決断力のある男だ。それゆえ、勇者と呼ばれるのだろう。
3人の顔つきが変わり、なにやら魔法詠唱に入っているのがわかる。王は、この3人になら勝てると思ったのだろう。嬲り殺すぐらいの見下し方をしたのだろうか。
アシュフォード王よ、それは油断と言うのだ。いや、魔王よ。




