第8話・シュレーが思い出す、キメラの倒し方
パーティーを解散してから、一度だけみんなで集まったことがある。ウッドバルト王国の建国百周年祭でのことだった。私たちは、ウッドバルト平原でのキメラ退治の功績を称えられ、来賓として祝賀祭に出席することとなった。
ウッドバルト平原のキメラ、通称トリプルヘッド。魔王討伐後に、再び挑んだ魔物だった。最初に戦ったときは、全く歯が立たなかった。
イリオスとギリアムはキメラ退治の方法には精通していて、倒し方があるのだと言う。
背中の山羊を出血させて、血を好む蛇に山羊を攻撃させるという、馬鹿げているがシンプルなものだ。キメラとはいえ、脳は1つ。指令系統は、尻尾の部分の蛇にあるのが、彼らが言うところの戦いの常識らしい。
だが、そのウッドバルト平原のキメラは、トリプルヘッドの異名を冠する。脳が尻尾の蛇だけではなく、山羊と獅子にも存在する。
指令系統が混乱しそうだが、意思統一さえされれば、脳3体というのは強烈だ。三つの口は、それぞれが魔法詠唱できるためだ。
キメラというと、物理的攻撃に注意せよと魔法学校では学ぶが、そうとはいえない。戦い慣れしたキメラは、戦闘を通じて魔法を習得する。そしてまた戦闘を通じて、その魔法を発展させる。脳3体だけあって、覚えもよく、なんといっても詠唱速度は速い。
3つの口から別々の魔法を発することもあるが厄介なのは、同じ魔法を同時に3つ発動することだ。火球程度の魔法であっても、3つが発動すれば、その火力も乗算の比ではない。
というわけで、初戦はパーティー壊滅手前まで追い込まれた。たしかそこで、見た景色はイリオスが奮闘する姿だった。ナロウは早々に戦闘不能に陥り、意識を失っていた。
ギリアムは魔法詠唱できるはずなのに、防御魔法を出し惜しみしていた。皆の装備に、防御魔法をエンチャントさせれば、ここまでの被害にはならなかったはずだ。あくまでも魔法を扱えるということは、秘匿にしておきたいらしい。
ナロウも同じ、魔力をふんだんに備えていて、私たちの知らない魔法も習得しているはずなのに、やはり隠している。
という私も、蘇生の石を所有していることは誰にも言っていない。売れば巨万の富を手に入れられる。一生暮らしていくには不自由しない。人生を十回繰り返しても、まだ使い切れないほどだ。だから、万一誰が死んでも、この石は使う気がなかった。
三人が早々に戦線から離脱し、もうろうとする意識の中でイリオスは、私たち三人を担いで、逃げることとした。右肩に私、左肩にギリアム、背中にナロウ。バランスが悪い。
トリプルヘッドは、私たちを見逃すはずもなく、追撃を始めた。
戦いは、セオリー通りに行われていた。ギリアムが斧を振りかぶり、イリオスが足先を斬り体制を崩させる。そのまま、ギリアムは山羊の頭部を攻撃。出血させることができた。
あとは蛇が山羊を攻撃するのを待てばよかった。だが、そうはうまくいかなかったのだ。山羊の右目上からの深い傷からは噴き出るような出血、蛇は治療魔法を詠唱したのだ。
その間に、獅子が牙を使って攻撃し、かわした隙に、満身創痍の山羊がギロリとギリアムを睨みつけ、雷撃を放った。雷撃は地面を通じて、逃げ場を探し、ナロウにたどり着く。油断していたナロウは杖を落とすほどに、感電し、詠唱順番を間違えそうになる。詠唱順番を間違うと呪い発動にもなりかねなく、動揺したナロウは魔法詠唱キャンセルを行った。
強力な聖性の魔法を放つはずだったナロウは、黒焦げになったギリアムに回復魔法をと試みた。落とした杖に手を伸ばそうとしたその瞬間、待ち構えていたように獅子の爪がナロウの右肩を斬り割く。
強風吹きすさぶものの、静寂さで包まれていた平原に、ナロウの絶叫が響く。
私は詠唱途中の魔法をそのまま発動させ、獅子の顔を狙う。火球の上位版、火焔だ。獅子は自分の牙に凍結魔法をエンチャントさせ、火焔をレジストさせた。
怯んだ私に、回復作業を終えた蛇がシンプルな毒魔法を発する。霧のように私の前を毒が包み込み、私は舌が麻痺した。神経毒だったようだ。
左肩にギリアム、背中にナロウを抱えたイリオスは、イリオスの剣を地面に突き刺し、空いた右手で私を右肩に乗せた。イリオスの華奢な身体のどこにこれほどの力が涌くのか、ピンチながらも私はどうしても疑問に駆られたのだ。
イリオスの剣は、どういうわけか結界の役割を果たし、トリプルヘッドはそれ以上私たに手出しができなかった。
近くの村で、ナロウから回復を試みたイリオスは、次に私、ギリアムと傷を癒していった。元僧侶だけあって、手際はよかった。
ナロウは、戦闘での不甲斐なさを恥じたのか自尊心が削られたのか、回復魔法を詠唱することができなくなっていた。イップスだとイリオスは言った。
順調に全員が回復するまで1週間もかかった。宿代は無償だった。イリオスは、それはいけないと、せめて何かできることを、と申し出た。
「平原のキメラを討伐してほしい」
村長は目を輝かせて言った。私たちに託するほかないのだろう。
イリオスは立ち上がり、申し訳なさそうに
「私たちはそのキメラとの戦闘に敗れたのです」と答えた。
「わかっています。でも、今じゃなくてもいいんです。冒険が終わったその後でも」
と村長は懇願した。
「ウッドバルトの王様にも頼み込み、精鋭部隊を派遣されるも、歯が立たなかったのです」
と村長の妻が割って入った。
イリオスは
「あのキメラは、トリプルヘッドですね。キメラの亜種というか」
「よくお気づきで。ですから、正攻法では勝てません」
「あいにく、今の私たちのパーティーではトリプルヘッドを倒すことができない。4人も、4つの脳がありながらも、勝てないというのは理屈にはあいませんが」
イリオスは申し訳なさそうに言った。
ナロウは不満そうに、外の景色を見ていた。
平原のなかでも少し小高い丘に、狩猟を生業とする人たちが作った村。窓外からは平原を一望できた。ナロウが最初に気づいた。
「イリオスの剣、あそこに刺したままなの?」
「村長、あの剣は結界として機能します。当面はトリプルヘッドの侵入は防げます。魔王討伐後、再びこちらに戻り、トリプルヘッドを倒してみせましょう。それに、あの剣は借り物ですから。返さねばならんので」
イリオスの剣は、魔王討伐には使われなかったのだ。呪われた勇者の剣のみで、魔王に挑んだのが歴史では語られない事実だ。
このことが本来のイリオスの剣・所有者である東の魔女の耳に入ってはいけないと、イリオスは近くの街で似た大剣を買った。柄の加工にも費用がかさみ、路銀は尽きてしまった。そこからは宿を見つけても野営を繰り返していた。
魔王討伐後、私たちはアシュフォード王への謁見前に、再びトリプルヘッドに挑んだ。私たちは4つの脳をもってして、戦略的に闘う。トリプルヘッドはお互いに何の魔法を詠唱するか、魔物ながら脳内で共有している。だから、回復魔法への着手も早い。私の火焔を、獅子が凍結魔法でエンチャントできたのも、タネがあるとナロウが教えてくれた。
出し惜しみのナロウが珍しい。蛇が全体の戦闘状況を把握しているのだ。尻尾は自由に動く、その機能を存分に生かして、俯瞰で戦いを見るのだ。
蛇は目の役割といったところ。だが、蛇には耳がない。相手が何の魔法を使おうとしているのか、詠唱語を聞き取れない。だからその役割は、背中の山羊がレーダー代わりに行う。
獅子は嗅覚を駆使して、敵の出血状態やを分析する。どうやら汗からも心理状態を解析しているようだ。次に誰をターゲットにするかは、獅子が決めているようだ。
こうした各々の長所を生かして、短所を補完する。しかも、得た情報の蓄積を3つの脳で共有しあって、合理的に判断し、攻撃や防御に努める。
それゆえ、トリプルヘッドは他のキメラとは格別に強敵であるのだ。下手をすると、魔王よりも強いかもしれない。
トリプルヘッド攻略の策は、非常にシンプルながらも、連携を要するものだった。
「3つの脳を持つのなら、精神魔法が有効だよね」
「そりゃそうよ、でも精神魔法は詠唱時間こそ短いけど、かかりにくいものよ」
ナロウの言うことはもっともだった。
「でも、かかりやすい時ってどんな時だと思う?」
イリオスは私たちに考えさせる。いつでも、答えを簡単には提示しない。先生のようだ。年はさほど離れていないのに。
「油断、したとき、か」
ギリアムが斧を研ぎながらぼそりと言った。
「そう、そのとおり」
油断は精神が緩和している状態となる。リラックスとはまた違う状態で、精神系の魔法がかかりやすくなるものだ。だが、戦闘時に油断すると言う状況は起こりにくい。冒険初心者クラスならまだしも、この手練れのキメラ・トリプルヘッドが油断など…、と思ったものの、気が付いたら声に出していた。
「学習していないと、相手が思ったとき?」
イリオスがご名答!とおどけながら手を叩く。戦闘でこなれたグローブが合わさる度に乾いた音がした。
「また、山羊を出血させりゃぁいいってことか?また同じことしてやがる、と思わせるんだな」
ギリアムが要領よく言った。俺がやるぞという気迫は感じられた。
「そう、でも、僕が足払いして、ギリアムが山羊の頭を叩く、これではダメだ」
「それなら、山羊の頭を叩く直前に、精神魔法をぶちかませば?」
ギリアムは斧を置き、深く椅子に腰かけた。
「でも、山羊だけじゃダメだよね」
「私が、蛇に、シュレーが獅子に、だったらいいんじゃない?」
ナロウが前のめりになって言った。なんだか楽しい作戦会議だった。魔王を討伐しても、パーティーはひとつになれていない感じがしていた。だが、トリプルヘッドを前にして、なぜか皆協力しようという気概に満ちていた。お互いを補い合う関係になろうとしていた。
作戦はこうだ。イリオスが平原に突き刺したままのイリオスの剣を引き抜き、トリプルヘッドへの結界を解く。村から拝借した、ウサギの血をあたりに撒き散らし、一晩野営する。
血の臭いを嗅ぎつけ、あたりを巡回しているはずのトリプルヘッドと遭遇する。
ここからは、作戦会議で決めた手順で、それぞれが精神魔法を発動させ、トリプルヘッドを無力化する。あとは、通常通り戦闘で勝てると言う算段。最後の方が雑だが、ゴリ押しで負けるような相手ではない。
精神魔法といっても、幅広く、私たちは「睡眠」よりも、習得が簡単な「混乱」をナロウから学んだ。幸いにも、混乱は女神の契約を必要としない魔法で、もともとは漁師たちが魚を効率よく網に誘導するために、作り出した魔法と言われている。民間魔法なのだ。
ギリアムはハーフエルフだが魔法が使えないというテイで貫いている。だが、民間魔法と言えば、ギリアムルールとしては問題なかったのか、積極的に習得につとめた。
「同時に混乱をかけることが、作戦成功のカギだからね」
イリオスは難しいことを要求してきた。
詠唱速度は口の回転、喉の開き、脳内のめぐりなどが影響する。人によっては、詠唱中に別の精霊が邪魔することもあるらしく、同じタイミングで魔法を発動させることは、双子であっても困難だ。
私はもちろん、ギリアムでも精神魔法の習得に時間はかからなかった。だが、3人同時にシンクロするのはやはり難しかった。ウッドバルト王国にも協力を仰ぎ、捕獲しているキメラ相手に詠唱の練習も重ねた。
ギリアムの詠唱が思いのほか早く、タイミングが合わない。ナロウは慣れているせいか、逆にいつもムラがある。
いつまでたっても成功せず、捕獲しているキメラも何度も混乱魔法をかけられるものだから、回復まで時間がかかるようになってしまった。
そのとき、ギリアムがある提案を私とナロウに持ちかけた。
ねぇ、覚えてるよね、ギリアム。




