第7話・ナロウが思い出す、キメラの倒し方
解析魔法を二度試みた。結果は同じ、イリオスの剣から強大な呪いが発せられている。刀身全体というよりも、中央部から。剣の構造はギリアムが詳しい、こういうとき僧侶というものは無知で仕方ない。
博識だと世間からは評され、人格者だとも。皆勘違いしている。僧侶は女神との契約により高度な魔法技術を付与されるものの、そこには高潔な精神などは求められていない。
皆知らないのだ。
女神が求めることはただひとつ。
魔物を根絶やしにする覚悟と才能。魔物が幼き子の姿をしてようとも、命乞いしようとも、手負いであろうとも、とどめを刺す冷徹にして剛毅さ。
パーティー内でも温和で、人格者で、徳のあると思われがちな僧侶、私はそこに自分は未熟者だという演技を重ねた。
するとどうだ、皆私を護ってくれる。イリオスもシュレーもギリアムも、それが私の生存戦略だ。
イリオスのような、勇者然とした手本のような人物は、いつも私を見透かしていたのかもしれない。私だけに限らずだ。イリオスが誘拐されるということは、まず考えられない。
とすれば、イリオスは自ら、狂言誘拐を演じているとしか思えない。アシュフォード王だって、その程度のことは気づかないものなのか。賢君とは言い難いが、アシュフォード王はバカでもない。
だが、王国内ではアシュフォード王に対する風当たりは厳しい。
アシュフォード王国および城下町で、不可解な事件が起きているのだ。子どもたちがさらわれている。金品の要求はない。アシュフォード王国の関所は厳しい。私たち元勇者一行でありアシュフォード王からの招聘だとしても入国に3日も足止めを食らった。通行証明書から封緘された王の手紙、さらには固有武器、私ならフレデリックの杖とその証明書、などなど、駆使しないと通れないのだ。
出国も同じく厳しい。
つまり、アシュフォード王国から誘拐した子どもを連れだすことは不可能なのだ。
誘拐された子どもは約100人近い、その誰もが遺体すら、骨すら見つかっていない。
アシュフォード王はどうして、この不可解な事件を解決しようとしないのか?
解決しようとしないのではなく、解決したくないとしたら?
私は三度の解析魔法を詠唱し終えた。気になったからだ。二度目の解析魔法の結果にノイズが走った。イリオスの剣から発せられる呪いのほかに、別の発生源からの呪いがあった。それを確かめるために、私の喉は高速で詠唱していた。
アシュフォード王の腰に据えられた短剣。微量ではあるが、呪いを発している。
私はイリオスとの修業で、呪いについて学んだ。
「ナロウは魔物を絶滅させた方がいいと思う?」
優しい声で、問いかける。イリオスは常に兜をかぶらない。サラサラの髪がふわりとなびく。
「そりゃぁ、絶滅させないと、あとで恨まれてコッチがやられちゃう」
ニコリとイリオスは微笑む。
「そうだね。恨みを断つには、絶滅させて根絶やしにするのがよさそうに思うけど、それじゃぁ呪いが産まれてしまうんだ」
「呪い?」
「物理法則を無視しているだろう? 魔法って。それは、誰かの精神力の塊を利用しているってものだから」
「つまりそれが、呪い?」
「死んだ生物が持っているエネルギーは、残穢として何かに定着する。残った穢れは、集まると呪いになる」
「新しい魔法は、呪いから生まれるってことだよね」
質問しながらも私は答えを知っていた。魔法の生成法則は十二分に理解していたし、僧侶としての技量は既にイリオスを突き放していた。
イリオスは「ふふっ」と笑うだけで、明確に答えなかった。きっと私が知っていて質問していることを見透かしていたのだろう。
アシュフォード王の短剣の呪い、これは明らかに魔物の呪いとは違う。残穢に未練を感じる。魔物は未練を残さない。なんというか、懐かしい。父や母を想うあの気持ちのような。
未練、生の執着、恐れ、あぁ、これは、
子どもの残穢だ!
アシュフォード王の短剣からは、子どもの呪いを感じる。王国中の子どもを殺したわけではないだろうから、この程度で済んでいるが。
目の前にいる人物が、アシュフォード王でないとしたら? なりすました魔物だとしたら? 厳しい入国を潜り抜けた魔物は、最高権力者となり、子どもたちを喰らっていいたとしたら?
イリオスが単独で、アシュフォード王の犯罪に気づき、その正体にも気づいた。だが、一人では手に負える相手ではないと悟る。確証だけを得たものの、警戒心の高いアシュフォード王に謁見するのは、困難だ。イリオスが再び謁見の機会を手にすることはできない。
だから、私たちをこの場に集める手立てとして「イリオスの誘拐」を自ら仕立てた。
シュレーは気づいているか? ギリアムは何か察してはいるように見える。東方の忍びとやらも室内に潜んでいるだろう。気配を完全に消している。
ここで秘蔵の魔法を出すか。とっておきだ。だが、シュレーにもギリアムにも知られたくはない。鷹の爪は隠して生きていければ、その方がシアワセだ。護り続けてもらえる。
「ナロウに足りないものは、仲間を信頼する心だね」
イリオスの言葉が突然脳内に甦る。
「どういうこと?」
「だって、本当にピンチになったら、自分で何とかしようと思ってるでしょ」
「わけわかんない」
野営中の火の番でイリオスと話をするのが楽しかったが、この日は違った。
「キメラって、強いでしょ。頭が山羊と獅子で、尻尾が蛇で。倒し方はシンプルで、お互いを攻撃させればいいんだ」
「仲間割れみたいな?」
「まぁ、一心同体なだけで、奴らは仲間とは思っていないから。お互い、自分の身体に寄生する異物ぐらいの認識だからね」
イリオスが言うには、キメラの倒し方は、なんとかして山羊に出血をさせる、その血を見て尻尾の蛇が、山羊を襲うらしいのだ。
怒った山羊は、背中から獅子の後頭部に噛みつく。あとは、三つ巴の乱闘だ。
簡単に言うが、山羊に出血させるほどのダメージを与えるのが何より難しいけども。
「私がキメラってこと?」
「そうかもね。シュレーとギリアムを疑ってはいけないよ。彼らはナロウを護ってくれる。それは、ナロウが弱いからじゃない。ピンチになったら、ナロウが助けてくれるって信じてるからだよ」
「なんかそれって、ギブアンドテイクみたいじゃない」
「人間関係って、そういうものなんだよ。エルフでも同じだよ、きっと」
イリオスの言っていた意味が今よくわかる。
ここで、アシュフォード王に攻撃を仕掛けたとして、私一人じゃダメだ。イリオスが単体で戦いに挑まなかったのは、勝てる見込みがなかったからに違いない。イリオスが勝てない相手に、私一人では太刀打ちできるわけがない。
だから、イリオスは私たち三人にこの場を託したのだ。アシュフォード王に会える機会を作った―「狂言誘拐」。
となると、本物のアシュフォード王は既に殺害されているだろう。
アシュフォード王は、私たち三人を敢えて呼び寄せた。イリオスの誘拐にかこつけて、私たちを殺害する気だ。
王として、これからも子どもたちをさらい、喰らい続けたいのなら、この立場を手放しはしないだろう。なら、合法的に私たちを殺害する。
勇者イリオスの誘拐犯として、三人を尋問し、殺害するのが手っ取り早いだろう。三人が力を合わせなければ。
そうだ、私たちがウッドバルト平原で唯一倒せなかったキメラがいた。シュレーとギリアムは覚えているだろうか?




