第5話・シュレーの鈍さ
ナロウは勘がいい。私の口の動きだけで、その指示や意図までも汲み取れる。さすがエルフの子。隠しているとはいえ、相当な魔力と秘蔵の魔法も習得していることはわかっている。
弱者ぶる。
そうすれば、生きていけるという彼女なりの生存戦略を私は見逃さなかった。もっとも、イリオスだって知っていたと思う。ナロウの隠された力を。だって、イリオスはナロウの直系師匠なのだから。
ナロウが目の前のイリオスの剣の解析結果を伝えてきた。やはり、呪いが立ち込めているというか、湧き出ているというか。
ある種の魔法使いや僧侶といった、魔力に精通するものは、呪いにも精通する。呪いとは、魔法の根源のようなものだ。
魔法がどうやって誕生したのか、それは、『生存戦略』から生まれた呪いの言葉だ。誰かに痛めつけられた。その呪いを相手に向けたのが攻撃魔法、自身の褒美へと昇華したのが回復魔法。回復魔法は女神との契約を主とするが、攻撃魔法もおおむね精霊の力を借りる。そう言う点では、魔法使いも僧侶も、魔法体系は似ており、契約や盟約をもってして、その呪いを魔法の形で発動するだけだ。
ナロウはどちらも使える。それもわかっている。彼女がイリオスの剣を解析魔法によって、「呪われている」と判定したことには意味がある。
それは、単にこの2メートルほどある特大剣は、本物のイリオスの剣なのかということ。結果は、呪い化されており、イリオスの剣とは考え難い。イリオスの剣は呪い化されるはずがないのだ。
そもそも魔王討伐時には、イリオスの剣は呪い化されていない。パーティー解散後に呪い化される可能性はあるものの、魔王以上の魔物を討伐するか、地上から全魔物を討ち倒すかしないと、それほどのことをしないと呪い化進行するとは思えない。
大昔、ギルティア王子の呪いなるものがフォークロア―的に語られてきた。個人が呪いを付与したり、魔法の源流として起源したりということは、ほとんどあり得ない。
というのも、ギルティア王子は人類屈指の最強魔法使いだったからだ。両親から恋人もろとも焼き殺されないように、抵抗すればよかったのではと、議論される。答えはシンプル。恋人に裏切られたからだ。二人ともに焼き殺されそうになった瞬間、王子は魔法詠唱を試みたそうだが、恋人が突然の懺悔を告白した。腹の中の子は、王の子であると。
怒りが諦めに、恐れが憐みに、憎しみが呪いに。
王子はそのまま焼かれ死ぬことを決めた。即死魔法の原型となる呪いの言葉を吐いて、
死んだのだ。
呪い化にはこれほどの、負と不と腐の要素が合わさらないと生まれないものだ。
それゆえ、パーティー解散後に何かがあったとしても、これほどの事象は確認されておらず、イリオスの剣が呪い化しているというのは、『ありえない』のだ。
なぜ、そこまで言い切れるのか。パーティー解散後、私はイリオスの無事を祈願し、剣に加護の魔法を付与しようとした。それは、呪い化をはじめとする、負と不と腐から護る、コーティングのような魔法だ。なんせ、魔物とはいえ生命をたくさん奪っているからだ。
だが、イリオスの剣は加護の魔法を受付なかった。
それもそもはず、元々の所有者である東の魔女が強力な加護の魔法を付与していたのだ。
だから魔王討伐をしたとて、呪い化されることはなかったのだ。
さて、イリオスが所有していたもう一つの剣。勇者の剣についてだ。ギリアムの父、元勇者が所有していたものだが、イリオスが手にした時には、呪い化していた。
おそらく、ギリアムの父も、エルフの母もそのことに気づいていたのだろう。イリオス自身も。エルフの村に、絶滅したはずのコボルトが襲撃してきた理由をあとからイリオスに聞いたことがある。
「コボルトは僕が大量に討伐はした。だが、絶滅はさせなかったんだ。呪われてしまうからね。ただ、各王国の広報たちは、絶滅したなんて言うよね。身近な魔物が根絶やしになったと聞くと、国民は安心するから」
イリオスは飄々と語っていたのを覚えている。コボルトの残党が、ギリアムの父が所有する勇者の剣の呪いに引きつけられて、集結したというのがイリオスの見立てだった。私もその話を聞いて納得した。
イリオスの剣を手に入れるまでは、イリオスはその呪われた勇者の剣と、粗末な剣との二刀流だった。東の魔女と出会い、イリオスの剣を手に入れた時には、粗末な剣は腰にさしてはいなかった。
おそらく、東の魔女に預けたのだろう。
イリオスが誘拐されたその証左としての、イリオスの剣は、呪い化されている。その呪いは、勇者の剣にも似ている。だが、イリオスの剣は全体で2メートルほど、一方勇者の剣は80センチほど。ヒルト(柄)の構造もまるで違う。
アシュフォード王が、舐めるように私たちを観察している。ギリアムは、落ち着きがない。
この剣は、イリオスの剣に似ているが、イリオスの剣に非ず。とでも進言しようか。
ナロウが何かわかったような顔をしている。こういう時の勘が鋭いのは昔からだ。ギリアムが右足に重心を置いて、背負った斧を子守のように揺らし始めている。微小なほどの揺れ。あれは、居合の斧の構えだ。背中の揺れの反動で、斧の固定をずらし、弧を描くようにして左掌にヒルトを納めるのだ。東方のカタナの居合抜きからヒントを得たという。
つまり、戦闘態勢ということか?
どうやら勘が鈍っているのは私だけのようだ。
アシュフォード王が気だるそうに口を開いた。
「おい、ここには、密かに忍びのものたちも配しておる。ギリアムとやら、居合なら奴らの方が一枚上手だぞ」
お見通し、アシュフォード王はこの殺気に気づいている。ギリアムは押し殺すということができない直情型の男すぎる。エルフの血が入っているとは思えない。冷静さに欠く。
「そのイリオスの剣、アシュフォード王以外の方は手に取られましたか?」
ナロウは変わらず、喉奥で詠唱を重ねながら、質問を発した。器用な奴だ。
「いや、ワシ以外は誰も触れてはおらん。勇者の剣だからな」
アシュフォード王は、イリオスの剣を握り、持ち上げた。見た目によらず怪力だ。
イリオスの所有しているものは、なんでも【勇者の〇〇】と言いがちだ。勇者のかぶと、勇者のよろい、勇者の小手、勇者の盾、勇者の…。
剣に関しては、【勇者の剣】と【イリオスの剣】があるから、厄介だ。
アシュフォード王の発言を訂正させたくなったが、受け流した。
そのとき、私もナロウの意図がわかった。
なるほど、勇者の剣か。そうか。
あのイリオスの剣は、大きさも形も全く異なるが、ギリアムの父の剣、そう勇者の剣だ。
呪いの発し方が似ている。
勇者の剣に何らかの細工や加工を凝らして、イリオスの剣そっくりに偽装しているのではないか。そうでなければ、呪いの波形も合わないだろう。
だとしたら、この眼前の剣を手にするのは危険だ。
イリオスが道中私たちに、一切、剣に触れさせなかった。どんな時もだ。その理由は、呪いの所有者が上書きされることを恐れたからだ。
「イリオスは誘拐されたわけじゃないって」、あぁ、ナロウの唇の動き、そう言ってたんだ。
ギリアムも気づいていたのか? 居合斧の動きは見破られているのに。久々で忘れていた。そうか、ギリアムが得意な武器は、斧じゃなかったっけ。
それにしても、イリオスはどうしてこんな回りくどいことを。私は再び小刻みにリズムを取っているギリアムが視界に入って来た。アシュフォード王にはわからないくらいの速さだ。
そういえば、アシュフォード王はイリオスの剣に触れた。少なくとも目の前で二2回手にした。王に呪いが上書きされたようには見えなかったが、果たしてどういうことなのか。そもそも、イリオスの剣に込めらえている呪いの起源はなんなのかだが。
確信めいた顔をしたギリアム、喉奥でいまだ詠唱を整えているナロウ。私だけがわかっていないのか。
イリオス、あんた、何考えてんのよ。




