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誘拐された勇者イリオス  作者: 常に移動する点P


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第4話・ナロウとガザニアの実

 どす黒い赤、血の実ともいわれるガザニアの実が稲穂のように垂れさがっている。触るとかぶれると、母からよく言われた。

 イリオスが誘拐されたという話が事実だとすれば、犯人はギリアムだ。だがギリアム程度ではイリオスを無力化できない。

 私かシュレー、魔力の総量でいえば私のほうが少し上。精神系の魔法も僧侶である私の方が多く知っている。イリオスを誘拐するには私の方が適任だとは思う。油断しやすいから。


 イリオスに執着しているのは、シュレーだが、東の魔女と寝たあたりから、イリオスへのお熱は冷め気味だ。女らしさという枠組みを一番嫌うクセに、女らしくあろうとするシュレーには反吐がでる。

 先月、16歳になったお祝いにと、イリオスから贈物が届いた。10歳の誕生日、私はコボルトにさらわれた。というか、「さらわさせた」のだ。


 母さまは私の人生を生きていた。子どもでもわかるほどの、干渉ぶりだった。魔力が開花しない私は、エルフの世界でもはみ出し者で落ちこぼれだった。母は魔王にこそ届かなかったが、イリオスたちの前世代にあたる勇者と冒険をした、というのが自慢だった。


 寝かしつけによく私に聞かせてくれた。貧しかった我が家の汚れたシーツ。カビ臭さくて、嫌だった。母の自信にあふれる「ニセモノの笑顔」とセットのようにして経のように耳に割り込んでくる勇者との話。

 母さまはその勇者に恋していたようだが、ドワーフの娘に奪われたと言っていた。あけすけになんでも話す母さまだった。私はそんな母さまを憎んだ。理由なんて何でもいい、自分に重なる部分と自分に全く重ならない部分、どっちも嫌いだった。

 ある夜、ワーフンドの森で迷ってしまった。絶滅種コボルトのあとを追いかけていた。5歳の誕生日だった。

 村の家畜、我が家は鶏が忽然と消えたと、母や近所の人たちが、大騒ぎしていた。


 この辺りには魔物はいない。その思い込みがエルフたちを油断させた。母さまもだ。戦闘実践から遠く離れすぎたエルフの魔法使いたち。50体ほどのコボルトたちに全滅させられたのだ。私は、ワーフンドの森に逃げ込み、迷ってしまった。前方にはたいまつを掲げたコボルトたちの群れ。村を襲ったヤツラだとはすぐわかった。エルフたちが捕らえられ、手かせと足かせをされて連れられていたからだ。私はその後つけた。


 ワーフンドの森は、肥沃な森だ。森の上空を旋回する大鷲、その目を避けるようにしながら森で王者のようにふるまう小鳥、捕食されるためだけに産まれた虫たち、森の動力炉ともなっている微生物、その栄養素である枯葉と晴れても曇ってもいつでも湿りが抜けない土。予定調和な生命の循環サイクルが、森を過保護に育てている。それは、エルフの一族が望んだような森だ。


 ぬかるみに足を取られた。左半分が泥沼にはまり込む。鼻の穴に泥が吸い込まれた。無理やり侵入してきた。


 助けを呼ぼうにも、目の前10メートル先には知った顔の捕らえられたエルフがいる。

 コボルトたちが雄たけびのように、勝利を確信した勝どきをあげている。

 私は耳を澄ました。左耳は泥で埋まっていたからなおのこと、聴覚がさえわたった。コボルトたちの声がはっきりと聞こえた。


「エルフたちを助けに、ヤツはくる。返り討ちにしてやる、ヤツを喰う。俺たちゃ、マヌケなコボルトじゃねぇ。俺たちゃ、利口なコボルトでぃ」


 マヌケな唄にも聞こえる。ヤツって誰のことだ。とにかく、母さまたちエルフは、その「ヤツ」をおびき寄せるために、村を焼かれ、連れ攫われているということだった。


 声が出た。泥だらけの口の中は、苦い。土の味、微生物の味、虫、小鳥の味だ。

「コボルトたちよ、私はナロウ。エルフの王となるものだ。ヤツをおびき寄せたいのなら、私を連れて行け。代わりに、そのエルフたちを解放せよ」


 泥だらけの口からあふれ出た言葉は、私を強く奮い立たせた。気が付くと、ぬかるみから身体がふわりと立ち上がり、妙な浮遊感を覚えた。


 母さまの姿が見える。両手両足は、魔力を無効化する「呪道具」で拘束されている。コボルトがこんな道具を。しかも、そもそもコボルトは絶滅したのではないのか。


 コボルトの大隊長が私の提案を受け入れた。200体以上のエルフを連行するのは骨が折れると見たのだろう。だがそのあたりはマヌケな魔物たち。私を拘束し、エルフたちを解放したのはいいが、呪道具を無理やり外したせいで、エルフたちは呪い心臓の深部に引っ掛かり、「虚ろ反応」が出てしまった。

 エルフたちには致命的な「虚ろ反応」は、魔力の無効化にのみならず、自我崩壊を引き起こす。つまりは、生ける屍となる呪いだ。


 ワーフンドの森にあふれる虚ろなエルフたちは、飲まず食わずのまま、全員息絶えた。コボルトはそれを食料として喰らった。

 コボルトたちからの待遇は良く、エルフを喰ったおかげで一部のコボルトは知性を手に入れていた。喰うが取り込むことになるとは、知性の塊の私でも目を疑った。


 母さまが最期のエルフとして、コボルトの大隊長に喰われることとなった。私はそのとき既に魔力を手に入れていた。というよりも、私にはもともと魔力は備わっていたのだ。その発動の仕方、魔力と魔法の相互関係の認識が連動していなかったのだ。


 つまり、何らかの魔法で母さまを助けることはできたのだ。もとより、エルフの大半を助けることもできたであろう。魔法は詠唱順番を間違えると呪いにもつながるらしいが、簡易な火球あたりなら発動できそうだった。


 だが


 だが


 私はエルフたち、母さま、を見殺しにした。私が魔法を使えるとわかれば、私を喰い取り込もうと知性を備えたコボルトたちは躍起になるだろう。子どものエルフはうまい、とコボルトたちは奪い合っていた。同級生たちや幼馴染は骨も残らないくらいに喰われた。


 この食物連鎖はどこにつながるのか、コボルトたちは何に取り込まれ、循環の装置のなかへと列を成すのか。湿ったワーフンドの森に絶望がおおきな屋根のように覆いかぶさる。


 母さまが喰われたと同じころ、魔法使いの女がコボルトたちと戦っていた。おそらく魔力切れを起こしていたのだろう。魔力切れを起こした魔法使いほど世の役に立たない者はない。


 喰われて終わり、そう思ったとき、あの男がやって来た。


 偶然なのか、エルフを助けに来たのか、それとも魔法使いの女を助けに来たのか。手入れの行き届いたでも、粗末な剣を抜き、その男は戦った。それが、イリオスだった。魔法使いの女は、シュレーと名乗った。


 魔法を使えば良かった、と後悔はしない。私はイリオスに魔法を教わり、女神と契約を結び僧侶となった。私の中にある魔力や、教わっていない僧侶には持ちえない魔法は封印している。だから、私はパーティーの中で、護られるべき存在として「思い違い」をされている。シュレーはただ過保護に、イリオスは兄のように。私と言う存在を見下している。見下し、見くびられ、思い違いをされている方が、いざと言う時に役に立つ。


 イリオスが誘拐されたと聞いて、まず疑うのは、やはりギリアム。表向きには、イリオスの無垢で平和を愛する心に打たれたとしているようだが、憎んでいるはずだ。


 ギリアムの父が持っていた、勇者の剣。古びた剣だったが、相当な魔力を備えていた。魔剣だ。イリオスはその勇者の剣をなんとしてでも手に入れたかったのだろう。私やシュレーに執拗に、過去の勇者について聞いてきたからだ。手当たり次第に候補となる村や町を訪れた。


 優しかったイリオスの目の色は鈍く、終われる森の小鳥、いや、虫たちのように怯えていた。私はイリオスの手をそっと握り、大丈夫だよ、と野営の焚火を前で心を解いた。


 イリオスは紳士的で、エルフの小娘に興味を示すことはなかった。その私の中にあるイリオスへの想いは、僧侶としての師匠や命の恩人である以上のものはない。恋人というものは師匠や恩人を越えることはないのだから。それをシュレーはわかっていない。


 イリオスたちと最後に訪れた村がギリアムの村、ガルフだった。ギリアムは私の村がイリオスの策謀によって、滅ぼされたのだと思っている。自分と同じように、魔毒のスレイディに襲われたように、その原因と理由をすべてイリオスのせいだと思い込んでいるのだ。


 ギリアムがパーティーに加わり、野営の当番となった日、魔王を倒す1か月ほど前の夜。ギリアムはこの日を待っていたように、私に告げた。わかるだろ、と言わんばかりに。

「俺の村は、イリオスに滅ぼされた。魔毒のスレイディが古代エルフ語で呟いていた。俺にじゃなく、ただ、聞こえないぐらいの声で。怨みがましく」


「ギリアムは魔物の言葉を信じるの?」

 私の問いは至極真っ当で、魔物語を理解できる私にとっては、彼らが約束を果たすということはない。契約と言う概念がないのだ。たまたま古代エルフ語を使っていたとて、どんな言語体系であろうと、我々側の言葉を操ろうともそこには「心」が明確に存在しないのだから。


「信じるもなにも」

 ギリアムは言葉に詰まった。確信があるのに確証がない。この男はいつもそうだ。だからイリオスには意見できない。

「そうね、最期の言葉だとしたら。魔毒のスレイディが命を振り絞って発したのが古代エルフ語であるとするのならば、理由があるわ」

 私はピンと来ていた。

「呪いよ。最期の言葉っていうのは、呪術化できるのよ。即死魔法ってあるでしょ。あれは、太古のギルティア王国の王子が王と王妃、つまり両親に欺かれて、恋人もろとも焼かれて死んだの。その時、王子はエルフ語で命乞いをした。その命乞いの言葉が、即死魔法に洗練・精製されて存在する。どこかにね。シュレーに教えたら、欲しがりそうだけど」


 夜空には無数の星が輝き、ところどころ橙色にくすむ。今にも落ちてきそうなほどの星々からは、私たちのこの残酷で滑稽な人生が見えているのだろうか。同じような境遇の人々がいるのだろうか。私とギリアムは夜空を眺めていた。


 ギリアムが納得したのか、私が納得したのか、どうでもよかったが、イリオスがギリアムの村と私の村を滅ぼしたのは目的なのか手段なのか。


 少なくともギリアムの村を滅ぼした結果、ギリアムの父が持つ勇者の剣を手に入れたのは確かな事実。

 私の村を滅ぼして、イリオスは何を手に入れた? 村に来るまで無くて、村を出る時に手に入れたもの。




 私だ。


 イリオスは私を救い、私を手に入れた。

 私はイリオスの所有物となっていたのか。


***

 アシュフォード王が私たちに見せてくれたイリオス誘拐の証、「イリオスの剣」。


 東の魔女から譲り受けた剣、誰にもさわらせなかったのに。私も触ろうとしたら、すごい剣幕で叱られたのを覚えている。ギリアムも同じく。シュレーも。パーティーメンバーはだれも触らせてもらえなかった。


 アシュフォード王が触れても平気なのだから、呪いがかかっているわけではなさそうだ。


 シュレーが私に視線を送っている。口がパクパクと動いている。


「イリオスの剣」に触れていいのか?解析してくれ と言っている。口の動きだけでわかる。


 解析は以前シュレーと一緒に試みた。

 イリオスたちと魔王を討伐した日、イリオスは意識不明となった。魔王の猛攻を全身で受けていたからだ。

 私は鎧を脱がせ、魔王の剣傷を回復魔法で治療した。シュレーは、どさくさに紛れて、「イリオスの剣」を、ギリアムは父の「勇者の剣」を手にしようとした。


 イリオスが反応した。目覚めたのだ。

 どちらの剣にも触れるな! と。


 私は回復魔法と同時に、解析魔法を試みた。距離にして50センチほどでないと発動できない魔法。そもそも、回復・解析の両魔法を同時に詠唱はできないのだが、私には可能だ。だが、その力を隠してきたものとしては、仲間であってもバレたくない。私は弱いままの僧侶と思われていたいのだ。


 葛藤があったが、私は回復魔法を中断したフリをして、イリオスの剣の解析魔法を詠唱した。何も出なかった。ただの剣。魔力を帯びているものの、もうひとつの勇者の剣の方が魔力は強い。ついでに、勇者の剣に解析魔法を試みようとした、が、イリオスが完全に目覚めてしまったので、断念した。


 私は、シュレーが命じるままに、解析魔法を試みた。何気に、「イリオスの剣」に近づきながら既に簡易詠唱を終えていた。解析魔法の結果は、



 呪いが込められてたのだ。あの時、魔王を倒した時にはイリオスの剣は、ただの魔力を微量に帯びた剣だったはず。だが、なぜ。こんなに。


 呪道具、エルフたちがコボルトに囚われたときの手枷・足枷のように。だが、あの比ではない。


 これは、いったい、誰の何の呪いなのだ。


 私はシュレーの側に駆け寄り、解析結果を伝えた。


 目の前にそこにはあるはずもない、ガザニアの実が赤く色づいて見えた。


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