第16話・シュレーは、獄火を放つ
アシュフォード王の妙な動きを最初に察知したのは私だ。ナロウに目で合図を送り、同時詠唱は継続、ギリアムは勇者の剣を手にし、同じく詠唱を始めた。
ギリアムは武器の手入れを怠らない。自分が前衛だと皆に思い込ませたいのか。ハーフエルフなのだから、武に長けているはずはない。たとえ勇者の血が半分入っていようとも、そもそも父のグレアムは元僧侶だ。
イリオスが東の魔女宅に単身で向かったとき、私たちはすぐそばで野営をして待った。サラサラとアジュ草が揺れる音だけがする。
賭けに出たようなものだった。私はイリオスを愛している。イリオスはその気持ちを汲んではいる。だから、だから大丈夫だと。
「シュレーはイリオスのこと好きなんだろ」
ギリアムの口から意外な言葉がでて、わたしは目を白黒させた。
「何言ってんの。そんなわけないよ」
「いいよ、もうすぐ夜明けだ。時間もない。端的にいこう」
ギリアムが何を急いでいるのか、斧を磨きながら、私には目を合わせない。
「イリオスが言っていた。父の剣、勇者の剣はいずれ俺に返すって」
「でも呪われてるよね、あの剣」
「でもそれが、強みでもあるって」
「どういうこと?」
「女神だよ」
私にはその意図がわからない。ギリアムは腰を浮かせて、立ち上がった。
「ナロウ、起きろ。今から大切なことを言う」
ギリアムの横暴ぶりに、ナロウは不服そうだったが、いつも控えめなギリアムが一念発起したこの空回りな様子を見逃せないと思ったのだろう、意外にもナロウは焚火の近くまで歩いてきた。
「なによ」
「シュレー、ナロウ、よく覚えておいてほしい。俺が勇者の剣を手にする時が来たら、回復魔法をエンチャントして欲しい」
「だめよ、私僧侶じゃないもの」
私は即座に反応した。
「それに、ギリアムだって」
「俺は回復魔法は使える。女神と契約を結んだことがある」
「シュレーだってあるんでしょ?」
ナロウが見上げるようにして、私を睨みつけて割って入った。
観念した。もう隠しておいても仕方ない。
「じゃぁ、みんな女神と契約を結んでいるってことね」
「あぁ」
ギリアムが力強く頷いた。
「それで、回復魔法をエンチャントしてどうするのよ?」
ナロウが一番要領を得ていない。回復魔法を武器にエンチャントするということは、相手の細胞分裂を急速に早めるということだ。
回復魔法の魔法式は意外にもシンプルで、真皮の奥にある人体の細胞に働きかけ、血流の流れを約4倍の速さにまで向上させる。いわゆる血の巡りをよくして、回復速度を支える酸素を急速に運搬させるのだ。
血中は異常なほどの酸素濃度となる。回復魔法と同時に使ってはいけない魔法が、火炎系。ひとたび炎が燃え移ると、高濃度の酸素に引火し、身体の内側から破壊される。
だがそれほどの回復魔法となると、3倍程度の酸素濃度が必要になる。
「なるほど」
私はギリアムの意図を理解した。
「回復魔法を3人分、同時詠唱で勇者の剣にエンチャントすれば、剣先からの細胞活性率は3倍ということね」
「いや、この場合、3乗になると考えている。ただ、同時詠唱ができればの話だが」
このあと、魔王討伐を達成し、あとからトリプルヘッドのキメラ対策で、同時詠唱技術を磨いた。
私たち3人は女神からの呪いこそ受けてはいないものの、その危険にいつもさらされている。イリオスのおかげで、私たちは女神に目をつけられていないのかもしれない。
「なんのために、そんなことするのよ」
ナロウのあどけない疑問にギリアムは
「わかっているだろ。僧侶のナロウなら特に」
皆が声に出すのをやめて、察し合った。
女神をいかにして討つか、私たちの共通目標ができたのだ。もちろん、イリオスも同じ気持ちだろう。
魔王討伐よりも、トリプルヘッドのキメラ退治よりも、なによりも女神が元凶だ。
平和を求めるあまりに、平和を犠牲にする。
ギリアムは続けた。
「回復魔法をエンチャントした後には、シュレーとナロウで、獄火を放ってほしい」
ギリアムが勇者の剣を手にした時、その時には女神が目の前に降臨しているということだ。
そんな奇跡みたいな偶然が、今目の前で繰り広げられている。私は、ナロウと同時に獄火を放った。その相手とは、女神だった。




