第13話・イリオス、魔王と再会する
ダンジョンは湿気ているイメージだが、以外にもローグの風洞は、快適だ。むしろ住みやすさすら感じるほどだ。手彫りのダンジョンで、かつてドワーフたちの採掘場と言われている。
ドワーフたちは女神とは別の神々に滅ぼされ、地上ではその姿を見ることはできない。鍛冶屋として名を馳せた、ローグ・トレセントは最後の一人になっても、この風洞で戦ったという。
鋳造した武器のなかでも、最高傑作とも称されるのが勇者の剣だった。もともとは、ローグの名を冠して、ローグの剣と呼ばれていたが、いつしかその名は置き去りに、剣だけが代々の勇者に引き継がれていった。
そう言う点では、僕が勇者の剣を手にするのは半分正解で、半分不正解だ。
理由は簡単、僕は勇者ではあるが、勇者は他にもいるからだ。南の勇者、十字星の勇者、エルフの勇者、魔物使いの勇者、破壊の勇者、まぁ勇者があちこちいる。
この勇者の剣は、呪いを帯びていることから皆探すことはもとより、手にしようとすら思わないようだ。
ローグは神々の手によって、その命を絶たれた。ドワーフの滅亡。一つの種がなくなるとき、そこに呪いが発生する。
ローグはその呪いを神々への復讐へと願った。その結果生まれたのが、エンチャントだ。エンチャントは武器に魔法効果を付与させる
ものだが、効果は武器先端から発動する。
ギリアムが気づいていれば、アシュフォード王に送り届けた「偽のイリオスの剣」の中に、勇者の剣を埋め込んでいることに気づくはずだ。エンチャントを使えば、武器の先端から魔法が宿る。埋め込んだ中央あたりから、魔法効果が付与される。気づくだろう、ギリアムなら、きっと。
イリオスの剣はトリプルヘッドとの初戦で、結界用として、ウッドバルト平原に突き刺した。そこで作ったのが、偽のイリオスの剣だ。こんな時に役立つとは。中を空洞にして、勇者の剣を入れ込めるようにしている。
女神が偽のイリオスの剣とは気づかず、名を冠した剣ゆえに回収しようとするはずだ。
シュレーやナロウは全ての元凶が女神だとはわかっているはず。特にナロウは僕をいつも見ていて気付いているはずだ。
果たして、魔王はこのローグの風洞に分陰されたままなのだろうか。アシュフォード王殺害し、王になりすましていると考えてよいものか。だからこそ、僕はその姿をローグの風洞にまで来て確認することとしたのだ。
やわらかい風が頬をかすめる。魔力というよりも、どこか穏やか。地下6階の魔王の居室にたどり着いた。相変わらず広い。
封印したはずの魔王は、いた。封印は外れている。
「魔王よ、封印を解いたのだな」
魔王の禍々しさが抜け落ちている。
「解けるだろうよ、イリオス。オマエは策士だな」
魔王はどこからどう見ても、人間の姿をしていた。
「さすが、元勇者バルス。気づきましたか」
魔王が壁の後ろを指さしている。
勇者バルス・テイト、神々の寵愛を最も受けた男。女神の逆鱗に触れたことで、呪いを受けた。呪いを発することと、解除することは別もの。女神は自身の呪いが、勇者を魔王に変えてしまうなど思いもよらなかったのだろう。
女神が魔王討伐に躍起になるのは、魔王を作り出した原因が自身にあるからだ。
魔王討伐と勇者の関係は、女神を原因とする茶番のようなものだ。だから、前勇者にしてギリアムの父グレアムは魔王討伐目前としながら、やめたのだ。いつか自身も魔王にされてしまうかもしれないと思ったのだろう。
僕は少し違った。僕はここで育った子どもだ。魔王が指さしたさらに地階、そこはリーブウェンティの花園の株分けをしてつくられたもう一つの楽園だった。
コボルトたちとさらわれてきた幼子たちが育てられている。僕もここで育った。
魔物が子どもをさらうのには、ある条件がある。親から愛されていない子ども、ただそれだけ。そうした子どもたちは、魔王への献上品と称して、連れ去られ、ここでコボルトに育てられる。
魔王討伐と称して、育ての父でもある魔王バルス・テイトの呪いを解くために、僕は勇者になった。
そのためには、すべて真剣に演じ切らないと女神の眼を騙せない。僕はバルスとの戦いに手抜きはしなかった。僕が負けても致し方ない、実力で勝つことで、呪いの解除ができるからだ。
魔王討伐後、僕はとどめを刺さなかった。当然だ。バルスを人間に戻すことが目的だからだ。封印の魔法、これが一番呪いの形に似ている。封印の魔法が解けると、同時に女神の呪いが解けるのでは、というのが僕の考えだった。
封印の魔法は、鍵穴のようなものだ。その対象者が持つ潜在的な精神的心的外傷に働きかけ、鍵穴を見つける。そこに、封印の魔法で錠をかけるというもの。
バルスの精神的心的外傷は、呪いで魔王にされていること。これを鍵穴として、封印の魔法で錠をする。錠がはずれれば、つまり封印の魔法が解けると、同時に呪いも解けるのではと言う算段だ。
シュレーにもナロウにも、ギリアムにも知らせていない魔王と僕の関係。これが僕の魔王討伐の目的だったと知れば、許してくれないだろう。アシュフォード王を殺害して、乗っ取るなどということは、なくもないとは思っていた。半信半疑。
バルスが、女神を帯び寄せて自ら倒すと目論んでいれば、アシュフォード王を殺害してなりすますということもなくはなかったからだ。だが、取り越し苦労だったのだ。これを確認しにきた。
「イリオス、どこまでがお前のシナリオなんだ?」
「さて、僕にももうわかりません。ただ一つ言えることは、アシュフォード王は名優だということです。王も女神の横暴には辟易としていたようですから、僕の提案に快く乗ってくれたというわけです」
「なんとも」
バルスは苦笑いした。
「側近のカゲヤマと言う男も、アシュフォード王も、どちらにも通じるからこそ、疑いなく女神の眼を欺けると考えました」
バルスは遠くでコボルトと遊ぶ子どもたちをじっと眺めた。
「仲間すら、出し抜いたというわけだな」
「そうですね、シュレーたちなら本当の意図に気づいてくれると思っています」
「イリオス、その剣は本物か?」
「さぁ、どうでしょう」
リーブウェンティの花園に女神が執着したのは、その凛たる力強さと美しさにあるのかもしれない。イリオスは足もとに手を伸ばした。静かに咲き誇る裏生のしずくを摘み、その香りを確かめた。




