第12話・東の魔女イザベラが抱かれた理由
イリオスのことは耳にしていた。新しい勇者に加護が降りたと、魔法使いの界隈でも話題だった。前の勇者は気の毒だった。コボルト討伐を放棄したという理由で、女神の呪いを一身に受けたと。イリオスも同様にコボルト討伐に消極的だったと聞いた。女神の呪いを浴びたまま、魔王討伐に立ち向かうとはその心根がわからない。
女神も呪いを解いてやればいいのにとおもうが、結果を作り出したものが、原因を取り除くことができないということだ。
つまり、割れたタマゴをもとに戻せないように、呪いをかけてしまうと、簡単には元にもどせないのだ。また、別の力が必要ということだ。
私の予想通りイリオスは私のもとへとやってきた。あの名もなき剣が目的ではない。あれは、女神の目を欺くためのもの。女神は油断している。イリオスを自分の支配下にあると思い込んでいる。
イリオスの声は、狭い部屋の奥まで聞こえるほど、清々しく通っていた。
「東の魔女さん、ですか」
「忌み名で呼ぶな、イザベラ・スンだ」
イリオスの右腕は肘あたりまで呪いが立ち上っていた。勇者の剣か、あれは前の勇者グレアムの。なるほど、呪われた勇者の剣で自身の呪いを抑え込んでいるのか。
「早くお入り」
イリオスは左腰の鞘に入ったまま、勇者の剣を握っている。
「その手を放してごらん」
私の言葉に躊躇せず、イリオスは右手をヒルトから離した。
呪いの炎が具現化している。なんとも禍々しい。
「目を閉じて」
私は呪いを封じ込める魔法を詠唱した。グレアムにも施してやりたかったが、アイツは拒んだ。
イリオスの右腕肘あたりまで上がっていた呪いは落ち着き、手のひらあたりで燻り始めた。
「これは?」
「解呪まではできないけれど、これで普段の暮らし程度ならできる。あとは、回復魔法、使えるだろ。それを自動詠唱しつづけておけば、腐りながら回復する」
「勇者の剣いらずですか?」
「そうだな。いらないといえば、いらないな。だが、イリオスが呪われたままだと女神に思い込ませておいた方がいいだろ」
私はイリオスに、グレアムの置き土産・無名の剣を授けた。デカいだけの凡庸な剣だ。だが、グレアムの徳が積まれた剣だけあって、魔物を寄せ付けない結界力を備えていた。
「東の魔女、いや、イザベラさん僕は魔王を倒せると思いますか?」
純粋な目をしていた。
「何のためにだい?女神のためなんて言わないでおくれよ」
「魔王から逃げなければ、全力さえ尽くせば、女神からの呪いを受けることはないんです。でも、僕の力では、魔王に返り討ちにされるのではとばかり思ってしまい」
「魔王っていうのも、呪いのひとつだからね。同じ穴のムジナっていうのかね」
私の言葉にイリオスは驚きを隠せなかった。あの顔は今でも覚えている。
「そもそも、魔王が海の魔物から進化して、なんていうのは漁師たちの与太話さ」
私は続けた。この話をイリオスに伝えておかなければいけないからだ。私がイリオスを我が家に迎え入れた本当の理由だ。
「もしかしたら? 魔王とは」
イリオスは固唾をのんだ。
「そうだよ。グレアムやイリオスと同じ、かつて勇者だった男だ」
イリオスの身体から力が抜けるのを感じた。
「優しい男でね、女神に魔物、なんでもいいから殲滅せよ、なんて言われていたみたいでさ」
「できなかった?」
「そう、あんたたちみたいに、逃亡しちまったからね」
「魔王が元勇者?」
イリオスはグレアムが遺したデカいだけの剣に「イリオスの剣」と名付けた。女神と契約した者はその名を人質に差し出す。以降、勝手に自らの名を何かに使うことはできないのだ。
反抗の証としてなのか。なのに、魔王討伐に向かうとは。この男の考えていることがわからない。
「イリオスの剣か、自らの名を冠するとは」
私のつぶやきが失望に聞こえなかったのか、イリオスは逆の反応をしていた。
「女神はこの剣を奪いに来ますよ。僕の手元から離れた隙を突いて」
「どうしてそう言えるんだい?」
「ほかの神様たちから叱られるからですよ。女神はメンツを大切にしますから」
「そういうことか」
気持ちが落ち着いたのを覚えている。
「はい、そういうことです。奪いに来た時が好機です」
イリオスの覚悟が伝わって来た。
この男は女神を倒す気でいる。だが、それは私には無理だ。人類、エルフでもだが、神殺しはできない。物理的に勝てないのだ。
魔法すら無効化するのだから。私たちは神々の手のひらにいる。神々のルールのなかで、物理法則や魔法法則が存在するのだから。
「僕は本気ですよ」
イリオスの眼が輝きを放っていた。私も覚悟を決めた。魔王を救ってやってほしいからな。せめて、その呪いを解いて、死なせてやってほしい。
「イリオス、お前に私の加護を授ける」
イリオスは目を丸くした。私はイリオスに抱かれた。エルフと人間が交わることは、神々からは禁忌とされた。それは、神にしかできない「加護」の力を人間に授けるからだ。
イリオスは戸惑っていたが、優しく私を抱きしめた。あの男にも抱かれていれば、魔王に堕ちることもなかったのもしれない。
私はイリオスに抱かれながら、あの男を想った。




