第十一話<調(しらべ)>-3
部屋に鳴り響くドアベル。
10時過ぎに琴和は蘭子の家の前に来ていた。
「・・・どうしたの?」
暫くしてからゆっくりとドアが開くと髪を下ろし、パジャマ姿の蘭子が顔を出す。
「どうって・・・お前大丈夫か?」
「へ?」
疑問系の蘭子。何が起きたか分からないといった様子だった。
「いや、櫻子さんがちょっと前に家に来てさ、
蘭子がボーっとしたまま動かないって言うから心配になって・・・。」
急いで部屋の中を見る蘭子。
「あれ?櫻子さんがいない・・・。」
「もうずっと外に出ているよ。」
琴和の後ろから櫻子が心配そうに話しかけてくる。
「櫻子さんが出て行ったことすら気付いてなかったのか?」
「あはは・・・そうみたい。」
力のない言葉の蘭子。その後、上目遣いで琴和を見る。
「・・・大丈夫って言っても信じてもらえないよね?」
そう言うと、部屋の中へ案内する蘭子。
締め切ったカーテンと窓を開け、空気を入れ替える。
「少し寒いけど暫く我慢してね。」
蘭子は枕を抱きかかえながらベッドの上に座る。
その間に櫻子は冷蔵庫の中にある市販のミルクティーをコップに入れて
机の上に二つ置く。魔法の力で勝手に冷蔵庫が開いたり、コップが宙に浮いたりで
実に奇妙な光景である。
「昨日、矢子ちゃんから便利な魔法教えてもらったんだってね。
お茶出しをする幽霊なんて聞いたことないよ。」
普段の様子で言う蘭子を見ると、一瞬大丈夫じゃないかと思う琴和。
しかし蘭子はすぐ元気の無い顔になり話をする。
「もうこうなっちゃたら隠しても仕方ない。
正直に話すね。ご覧の通り元気が無いよ。」
苦笑いの蘭子。
「そう振られるとは思わなかったな・・・正直。」
意表を突かれた表情の琴和。
「隠しても何があったか話せって言われるのがオチでしょ?
時間の無駄だもん。」
「いや、何があったとは聞くけど無理に話せとは言わないよ。
・・・それで何があったの?」
「・・・ずっと考えてた。私って何なんだろうって。」
「え?」
「・・・櫻子さんから聞いたんだけどさ、琴和君、前にこう言っていたんだよね?
頭が真っ白になった後、殺したという罪悪感や気持ち悪さを感じなくなったって。
実は私も昨日それと同じことを体験したの。
鉄パイプで怪物を倒して血だらけになった時、
物凄く気持ち悪かった。何度も吐きそうになった。
でも、周りに数え切れないほどの怪物に囲まれて
やらないとやられる状況と気が付いた時、急に頭が真っ白になって・・・。
そうしたら何も感じ無くなって、ひたすら怪物を叩いていた。
それっこそ気持ち悪がっていたことすらも忘れていたの。アナタに言われるまでは。」
琴和を見つめる蘭子。
「私、頭の切り替えは気をつけて早くするようにしている。
そうじゃないと辛いことがあった時、長く苦しむから。
でも、この切り替わりは異常だと思う。
それ以前に切り替えようとも思っていなかったんだよ。
何でこうなったんだろう?
前に琳ちゃんが言っていた頭にある何かの形跡の影響だとは思うけど、
それって一体何なんだろう?」
不安そうに体を丸める蘭子。
その様子を見ると、琴和は何か気の利いた言葉をかけたいと思うが
何も思い浮かばなかった。すると寂しそうに蘭子が話す。
「思い返すと、今まで気持ち悪いところは何時も
私以外の人がやってくれていたんだね。
だから昨夜までこういう症状が分からなかったんだ。
何度も怪物は殺してきたけど、返り血のような気持ち悪さは今まで無かった。」
そう言うと、琴和は蘭子の肩に触れる。
「別に変わりにやってあげたという風に考えたことは無いよ。
たまたま今までがそうだっただけ。
切り替えしは早いんだろ?思いつめないで。」
「でも・・・。」
元気の無い声で答えると、琴和は少し考えてこう言う。
「もう、見回り止めようか。」
すると目を丸くして顔を上げる蘭子。
「駄目、止められない!矢子ちゃんを放っとけないし、
こんなことが止めるきっかけなんて納得できない!」
強く訴える蘭子。しかし琴和は心配そうな表情で話す。
「でも、辛い思いは続けない方が良いよ。」
「だから辛くないの、辛く感じないことが不気味なだけ。
・・・このまま終わるなら、本当に何も分からないままのような気がする。
しばらく甲子郎さんたちの世界に触れていたほうが、何か分かりそうだから・・・。」
すると琴和は立ち上がり、台所に向かう。
「分かった、実は俺も今蘭子が言った意見と同じなんだ。
もともとは矢子ちゃんの健気な怪物退治の理由に賛同したことが始まりだったけど、
心の中では自分の不思議な部分は不思議な事象に関わることで
分かるんじゃないかと思っていたんだ。
だから暫くは禦や村雲の人たちのそばにいて、自分の事を知りたいと思う。
・・・でも今はまだ何も分かったことがないし、ヒントも無い状態だ。
だから俺たちの事、深く考えても分からないことばかりで怖くなるだけだらからさ、
今日はこのくらいにしてお茶でも飲んで違う事しよう。
丁度、おいしそうな紅茶を買ってきたんだ。」
そう言ってお茶の仕度を始める琴和。すると蘭子も立ち上がりそばに寄ってくる。
「琴和君は座っていて、紅茶は入れ方にコツがあるんだから私がやるよ。」
無理にだったが笑顔を作る蘭子。それを見ると琴和も同じような笑顔を作る。
「分かった、任せるよ。」
静かに部屋に戻る琴和。その様子を見る櫻子はとても辛そうな表情だった。




