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第一話<見えない櫻>-9

「・・・とりあえず名前から聞いてもいいですか?」

公園のベンチに幽霊を座らせ

温かいコーヒーを片手に琴和が話しかける。


「名前は、櫻子さくらこといいます。」

とくに恨めしい感じもなく、スラリと答える幽霊。

一応ベンチの上に用意したペットボトルの水には

無関心のようだった。


「やっぱ、その・・・幽霊ですか?」

蘭子が確信に迫ることをいきなり聞く。


「はい、その通り。」

笑顔で答える櫻子。

その笑顔とは対照的に

『やっぱりか』と薄々は気づいていたがその事実に

引きつっている琴和と蘭子。

心の奥底で否定していた幽霊の存在が

目の前で幽霊本人に肯定されてしまったからであろう。



「えっと、櫻子さん?さっき話しを聞いてくれなかったっていったけど

あれってどういうことですか?」

吹っ切れた様子で蘭子が続いて質問をする。

「そのままよ、蘭子ちゃんはいつも私に話しかけてくれたよね?

その度に私は返事をしていたんだよ?

今日だってレストランで何か食べるって聞いたとき

ハンバーグって答えたんだよ!」

訴えかけるように話す櫻子。

「そ・・・そうなんだ。」

たじろぐ蘭子。


「ねえ楠木さん、今まで何も言ってくれなかったって本当なんです?」

琴和が蘭子に質問をする。

「ほ、本当です。本当に今まで何も話してくれなかった。」

「でも・・・櫻子さんでしたっけ、毎回返事をしていたと言ってますが・・・。」

そう言って櫻子の方を向くとうなずく幽霊。

その素振りを見て琴和はふと、あることを思った。

「・・・楠木さん、話しかけたときって櫻子さんはどんな感じでしたか?」

「どんな感じって?」

「ああ、質問が悪かったかもしれません。

ええとですね、今は少しコミュニケーションが取れているじゃないですか。

それって言葉だけじゃなくって、表情とかしぐさとか

表現が豊かだと思いませんか?

そういう素振りはしていませんでしたか?」


「いえ・・・私が知る限りでは、いつも澄まして無表情でした。

ただ、お水をお供えすると微笑んではくれましたけど・・・。

そう、さっきレストランでお水とられたり、ハンバーグに

反応した時の表情は今まで見たことがないくらい

はっきりした表情でしたよ。」

そう蘭子が言うと反論するかのように櫻子が口を開く。


「そんなことない、私はいつも伝わるように

オーバーな動きをしてまで話しかけたよ。」

「・・・えー。」

蘭子が物凄く困った顔をしている。

それを見た琴和は

「うーん、どうやら二人とも間違ったことは言っていないのかもしれませんね。

これは仮説ですけど、

今まで楠木さんは櫻子さんの姿は見ることが出来ても

声を聞いたり、素振りを感じ取ったりまでは出来なかった。

だけど何らかの要因によって、それらが出来るようになった。

どうでしょうか、これ?」

と、思ったことを考え直さずに口に出した。


「・・・何らかの要因ってなんですか?」

その答えに疑問系の蘭子。

「それは分かりません。でもそう考えたら二人の話が

かみ合うかなと。」

そう言うと蘭子と櫻子は軽くうなずいた。


「そうだ櫻子さん、何かやりました?」

琴和は櫻子が何かした結果、

会話が出来るようになったのではないかと考え、

問いかけた。

「何かって・・・私、何もやってません。」

驚いたように否定する櫻子。どうやら本当に何もやってないようだ。

「そうだ、よくよく考えたら小田原さんに会ってから

変化が現れ始めた気がします。

小田原さんこそ何かしませんでしたか!?」

蘭子が思いついたようにそう言う。


「え?!いえ、僕は何も・・・。

それ以前に僕は楠木さんにあの時呼び止められて

今に至るんですよ。

僕から話しかけたならともかく、

逆の立場の僕が何かをするという事は考えにくいんじゃないでしょうか。」


「う、そうですよね・・・。」

引き下がる蘭子。そして落ち着かせるために手元の

ミルクティーを口に入れる。

すると何かを決心したような顔で櫻子の顔を見つめた。


「とりあえず、何で話ができるようになったかは置いとくとして、

もう一つ重要なこと聞きますね。

何で、私に憑いてくるんですか?」

いきなり会話が出来たことで琴和は忘れかけていたが、

実は一番重要な事を蘭子は聞き始めた。

すると櫻子の表情は一瞬凍りついたように感じたが、

はっきりと見る前にうつむいて、良く見えなくなった。


「・・・一年前の、長野で何が起きたか知っていますか?」

櫻子がポツリと二人に聞いた。

『一年前』『長野』この二つの単語から琴和は

家を出る前に見たニュースを思い出した。

「・・・大型の地盤沈下のこと?」

蘭子がそう答える。すると櫻子は

とても悲しそうな顔で蘭子を見つめた。


「まさか、櫻子さんはその被害者なんですか?」

琴和がそう聞くと、櫻子は黙ってうなずいだ。

すると琴和と蘭子は言葉を失ってしまった。

しかし琴和はある疑問が思い浮かんだ。

長野での事故で死んだ人が何故離れた地域であるここにいるのだろうか。

その時、櫻子はこう伝えた。

「私ね、あの事故にあった後、ある程度の治療を受けてから

ここの近くの病院に移されたの。

でも、結局助からなかった。」

寂しそうに言う櫻子。

その時琴和は、自分の心を読まれたのではないかと

心臓が止まるような思いをした。


「死んでから、幽霊になって町を彷徨っていたの。

そうしたら、蘭子ちゃんに出会った。

 ・

 ・

 ・

私ね、妹がいたの。仲がいい妹。」

そういうと櫻子は蘭子を見つめた。


「まさか妹さんに楠木さんが似ているから?!」

琴和がそう言うと蘭子は慌てて

「ちょ、ちょっと待ってください、私はアナタの妹じゃありませんよ。」

と言った。すると櫻子は今にも泣きそうな顔になり

またうつむいた。


「そうだよね、蘭子ちゃんは妹じゃないんだよね・・・。」

そう、つぶやくとしばらく沈黙が流れた。

何とも言えない空気だった。

その中で琴和と蘭子の目が合うが

どうすればいいかお互いに分からないといった感じだった。



「あの、櫻子さん。何か望みはありますか?」

琴和は櫻子に近づいてそう聞くと蘭子も続いた。

「そうだ、何かあれば私、力になります。何でも言ってください。」

すると、櫻子は顔を上げて蘭子を再び見つめた。


「私ね、蘭子ちゃんを守りたかったの。」

「へ?」

唐突に予想外の発言に戸惑う蘭子。

「あの事故で、私は妹を守れなかった。

だから・・・。」

「・・・妹に似た楠木さんを守ろうと思った。ですか?」

途中で言葉を詰まらせた櫻子の発言に続くように

琴和がそう言った。すると櫻子は静かにうなずいた。


また、しばらく沈黙が流れた。しかし内容が内容なだけに

それぞれ口には出さなかったが、色々考えるには

短いくらいの時間だった。

そんな中、蘭子が沈黙を破った。


「あの、櫻子さん。このまますんなり成仏ってできませんよね?」

いきなり直球勝負に出たと感じる琴和。

そもそも成仏って一体何なんだろうと感じるのはもう少し後だった。


「もし、もしですよ、何から守ってくれるか分かりませんけど

私のそばにいることで櫻子さんの、その・・・無念というか・・・

とにかく気が晴れるのであれば、しばらく私のそばにいますか?」


正直その発言に驚いた琴和。霊を追っ払う方向とは正反対の道を

提案するとは思わなかったからである。

しかし、驚いたのは櫻子も同じようであった。

「・・・いていいの?」

櫻子が申し訳なさそうに聞き返す。

「うん。」

笑顔で答える蘭子。

その反応に嬉しさがこちらまで伝わるような笑顔を櫻子は見せた。


「あの、楠木さん。それでいいんですか?」

思わず聞いてしまった琴和。

「ええ、多分これが一番いい方法だと思います。

私にはただ追い返すなんて出来ません。

それに、守護神がついたみたいで、何か強そうじゃないですか。」

全てを引き受けたという雰囲気で蘭子がそう語ると

琴和は、不思議とその行動を否定する気が失せた。

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