第六話<仮面>-9
「やっぱり俺、異常だよな。」
異型の犬から、ナイフを抜いて琴和がつぶやく。
周囲には無数のコウモリと犬の死骸が転がっている。
しかし、その数は一向に減らずに
次から次へと襲ってくる。
やや息が上がってきたものの、まだ余裕があった。
昨日、頭が真っ白になってからというもの、罪悪感がなくなり
躊躇無く戦うようになっていた。
そのせいか上手く身をこなし、戦果を目まぐるしく上げている。
しかしその結果は、琴和自身に異常さを再認識させるものとなっていた。
次々と叩き堕ちていくコウモリ達。
しかし上空にはまだ黒い影が大きく残っていた。
その中で琴和はあることに気が付く。
『何で一斉に襲ってこないんだ?』
先ほどからは、同時に多くても5羽くらいしか攻撃してきていない。
そう考えていると後方から、爪が大地を削る音が聞こえた。
『クソ!?』
異型の犬が琴和の隙を付いて走ってくる。
それを振り返り際に回し蹴りで対応し、犬からの攻撃は回避するものの、
その直後に背中から大きな衝撃を感じる。
前方に1mほど吹き飛ぶ琴和。
「な・・・何だ?」
何か物凄い圧力によって転ばされた琴和。
それが何か判らず立ち上がる動作をしつつ振り替えると、
そこには異型のコウモリが一羽、空中を漂っていた。
「コウモリが?そんな馬鹿な!?」
そう言うと、目の前のコウモリは突進をしてくる。
しかし琴和は、足がもつれてしまい回避できずに
両手で突進を防いだ。
すると物凄い圧力が琴和を襲う。
後方に飛ばされる琴和。その身は茂みに追いやられ再び転ばされる。
「嘘だろ・・・。」
ゆっくりと立ち上がり、そうつぶやく。
その時である、茂みの後ろから犬が飛んできた。
「うわ!」
それを避けるために茂みから飛び出すも、頭上からのコウモリによる
攻撃により地面に叩き付けられ、うつ伏せる。
『やられる!』
そう頭に単語がよぎると、痛みを感じる暇も無く再び立ち上がろうとする。
しかしその上に更に何かが圧し掛かってきた。
異型の犬である。
背中越しに犬のうめき声を不気味に聞くと、
殺されるという恐怖が全身を襲った。
その時である、左側から光が顔に照らされ、眩しさのあまり
目を閉じてしまった。
すると何か鈍い音が背中でしたと思うと、犬は自分の右側に飛んでいた。
そして何か硬いものが地面に落ちた音がする。
それはヘルメットだった。
「小田原さん!!」
蘭子が駆け寄ってくる。どうやら犬に自分が被っていた
ヘルメットを投げつけたらしい。
「・・・有難う、助かった。」
ゆっくり立ち上がると蘭子を見る。すると
コウモリが彼女を目掛けて突進をしてきた。
「避けるんだ!!」
琴和が叫ぶと、蘭子はコウモリに目をやる。
そしてスッとかわすと、右手で叩き落した。
「今日はコウモリなの!?」
叩き落した化け物を見て、蘭子が話しかける時には、
琴和は体制を立て直して蘭子に走り寄ってきていた。
「気をつけて。このコウモリ、体当たりが信じられないくらい力があるんだ。」
「何それ・・・?」
琴和の言っていることがよく理解できずにいる蘭子だったが、
周りの怪物の多さから、危険な状況ということは判断できていた。
「これはちょっと、きつい冗談じゃない?どうする?」
「やっぱり、ただ飛んできただけだよな?」
「うん、何も良いものは持ってきていないよ。」
「そうか・・・。」
「でもね、櫻子さんに逃げ道を探してもらってる。」
「逃げ道?」
二人が言葉を交わしていることにもお構い無しに
異型の生物たちは襲い掛かってきた。
「とにかく、今はそれまで耐えて!」
蘭子がメリケンサックを握り締め、コウモリを叩き落し始めると、
琴和も再び戦い始めた。
二人はそれぞれに別の怪物を相手していたのだが、
お互いの距離が、なるべく離れないように気をつけていた。
もし、何かあってもフォローしやすくするためだ。
「流石にバイト後で体力的にキツイんだけど。」
「俺だって、さっきから動きっぱなしだ。正直辛いな。」
数分間コウモリを倒し続けると蘭子が近くで話しかける。
順調に、戦ってはいたが二人とも息が上がってきていた。
たまにできる、攻撃の合間に少し会話をしたり息を整えたりの繰り返しだった。
上空を見上げると、まだ黒い影が大きく残っている。
「小田原さん!!」
上空から櫻子が二人の下に舞い降りてきた。
「どうだった?櫻子さん。」
蘭子が質問をすると、櫻子は原付がある方向を指差した。
「周囲を見て周ったら、ここ以外には怪物はいないようです。
今蘭子ちゃんが来た道から逃げましょう。」
そう聞くと蘭子が慌てて聞き返す。
「逃げるって、直ぐ追いつかれちゃいそうだよ?」
すると琴和が原付を見つめる。
「原付を二人乗りすればいいんじゃないか?」
「はぁ?!」
琴和が何食わぬ顔をして、とんでもないことを言うので、蘭子と櫻子は戸惑ってしまった。
「大丈夫、蘭子は椅子に座ってていいよ。俺がその前に無理やり入るから。」
「そんな、無茶です!」
櫻子が必死で止めようとする。
「でも、このまま戦い続けるよりは安全だと思いますよ。」
琴和がそう言うと、蘭子は首を縦に振った。
「分かった、でもその前にやらないといけないことがありそう。」
原付の後方を指差す蘭子。すると異型の犬が立ちふさがるように、こちらを睨んでいた。
「やるか・・・。」
そう言うと琴和は犬に向かって突進をする。
すると犬も立ち向かうかのように走ってきた。
間合いが近づくと、琴和はとび蹴りを仕掛ける。
すると犬はかわしきれずに、足がかすった。
「えやぁぁぁぁ!」
バランスを崩した犬のアゴに向かって、蘭子が蹴り上げると、
犬は倒れてしまった。
「蘭子、原付に乗るんだ!」
琴和が声をかけると、蘭子は首を縦に振る。
原付に走り寄る二人、しかしその中で
草むらから一つの人影が目の前に現れることに気が付く。
「こんなに暴れておいて、逃げるの?」
目の前に現れたのは、腰まで届く長い髪をまっすぐ下ろした少女だった。
年は十四、五くらいだろうか。中学生くらいに見える。
腕を組みながら、その釣りあがった目で二人をじっと見ている。
「女の子?」
櫻子が不思議そうにつぶやくと、三人は足を止めてしまった。
「君、ここは危ない!逃げるんだ!」
琴和がそう叫ぶが、少女は声を無視して話を続ける。
「貴方たち、禦?それとも村雲?」
「村雲!?」
櫻子が驚いたようにつぶやく。
「ふせぎ?むらくも?何言っているの?」
そして後方を確認しながら蘭子が聞き返す。
すると少女は腕を組むのをやめて、再び話しかけてくる。
「とぼけないで、隠しても無駄よ。」
「何を言っているんだ、とにかく今は逃げるんだ。あのコウモリは危険なんだ!」
彼女の言葉が理解できなかったが、
琴和は少女が危険に巻き込まれてはいけないと思い。走り寄った。
「近寄らないで!」
少女が叫ぶと思わずその場で止まってしまった琴和。
その様子をジッと見る少女。
「貴方たち、本当に何も知らないの?」
そう聞かれると、琴和はこの少女は何か知っているのではないかと感じた。
「君、この化け物について何か知っているの?」
そう聞くと、少女は怒って答える。
「質問をしているのは私!禦なの?村雲なの!?」
「だから、何なんだよ、それは!?」
琴和が、もうわけが分からなくなって答えると、少女は驚いた表情に変わった。
「なら何で貴方たちは襲われているの?」
声のトーンが落ちて、少女が再び質問をした。
「それが分かったら苦労しないよ!
とにかくここは危ないんだ!一緒に逃げよう!」
琴和が再び逃げることを提案する。
すると蘭子の声が飛んできた。
「小田原さん、右!」
その声に反応すると、草むらから異型の犬が3m程高く飛び上がり、
琴和に向かって襲い掛かってきた。
『かわせない!』
琴和の頭の中でその単語が過ぎる。
その時、目の前で起きている事はスローモーションのように
感じ取れ、犬と目が合った事を確認する。
しかし、次の瞬間にはお互いの視線は反れていた。
犬の軌道が琴和の左側に向かって反れ、地面に叩きつけられる。
その後、犬から大量の血が流れ始め、ピクリとも動かなくなった。
「やっぱり、お前らが関わっていたか。」
後方から男の声が聞こえる。
その方向を見ると、銃を構えた甲子郎がゆっくり近づいてきていた。
『銀髪の男!?』
少女は甲子郎を見ると、驚き固まってしまった。
その間に甲子郎は琴和たちに近づく。
「お前たち、村雲か?」
甲子郎が琴和たちを見てそう聞くと、わけも分からず返答をする琴和。
「何ですかそれ、さっきから禦だの村雲だのって?」
「さっきから?」
「そこの女の子からも、そんな質問されていますよ。」
そう聞くと甲子郎は目の前の少女を睨みつけ、銃口を向ける。
「お前、カザーバだな!?」
「だとしたら?」
そう言うと少女は焦る気持ちを抑えて、身構える。
そのやり取りを見て櫻子は驚きの表情を見せていた。
しかしその時である。
「何やっているんですか!!」
琴和は甲子郎の腕を押さえ込んで、銃口を地面に向けた。
「何考えているんですか、相手は女の子ですよ!?」
「な、離せ!」
もつれる二人。
「早く逃げるんだ!!」
琴和が少女に向かって言うと、少し戸惑いながらも
走り去っていった。
すると、夜空に覆いかぶさっていた影も徐々に消えていった。
少女の影が見えなくなると、手を離す琴和。
すると、甲子郎が強い視線で見てくる。
「お前ら何者だ?」
「何者って、何言っているんですか!?」
その様子を見て、甲子郎は少し考え込んだ様子になる。
「小田原さん、まだ油断しないで!」
蘭子の声が届くと、まだ数匹の犬が残っていることに気が付いた。
「犬は逃げなかったのか。」
そう言って、再び身構えて戦う準備をする琴和と蘭子。
すると甲子郎はため息を一つついた。
「悪いが、邪魔しないでくれ。」
そう言うと犬に向かって一発ずつ発砲し、次々と犬が倒れていく。
そして、あっという間に周囲には怪物がいなくなってしまった。
その力に唖然とする中、琴和は口を開く。
「瀬戸さん、貴方は一体?」
すると甲子郎は銃を胸にしまい、頭をかいた。
「お前たち、本当に何も知らないのか?」
そう言うと、琴和と蘭子は首を縦に振った。
それを確認した後、空を見上げると甲子郎はそのまま話しかける。
「少し時間貰っていいか?話をしよう。」
そこには、多くの死骸が転がってはいたが、
静けさを取り戻し、いつも通りの風景に戻ろうとしていた。




