第五話<月の夜の下で>-3
「ごめーん、お待たせ。」
時刻は22:15
ファーストフードの従業員出口から
蘭子が手を合わせて出てくる。
その声が向けられた先には
琴和と櫻子がいた。
「いや、櫻子さんと話をしていたから
退屈はしなかったよ。」
「でも寒かったよね?」
「ああ、とても。」
「・・・う。」
素直な答えに気まずそうな顔をする蘭子。
しかし琴和は何事も無かったように話しかける。
「じゃあ変なの出ないうちに帰ろう。」
「そうですねー。」
それに櫻子が相づちを打つと三人は蘭子の家に向かい始める。
「ところでバイトの夜勤を変えてもらうように言った?」
琴和がそう聞くと軽く首を横に振る蘭子。
「無理だよー。今人が足りなくってとてもそんなこと言えない・・・。」
「でも身の安全が第一でしょ?」
櫻子が困った顔で蘭子に問いかける。
「だからって、怪物が出たからなんて言えるわけないでしょぉ。」
「じゃあ変態に出会ったでもいいんじゃない?」
「変態って・・・騒ぎが妙に大きくなりそう・・・。
とにかく、来週くらいからはシフトどうにかできそうだから、
今週はもう勘弁して。」
蘭子が申し訳なさそうに言うのを見ると、
琴和は仕方がないかと思った。
この時間になっても、まだ開いている飲食店も多く、
たまにいい匂いが辺りを包み込む。
夜の街はまだまだ静まりそうにはなかった。
「あーいい匂いだなぁ。」
「お腹すいたのか?」
蘭子が美味しそうな匂いに反応すると
琴和が質問をする。
「あ、いやこの時間に食べると太るからいいや。」
「へー。」
その答えを聞いた後、琴和の視線が
自分の腹に注がれているように感じた蘭子。
すると妙に腹が立ちメリケンサックを
装着し始めた。
「そんな目で見るなぁ!!」
「そんなモノ出すなぁ!!」
街中で平気で騒ぐ二人だったが。
そのやり取りを見ている櫻子は終始笑顔だった。
しばらく歩くと、先ほどの明るい街並みは
幻だったかのように周囲は暗く、自分たち以外には
何も存在しない空間になっていた。
街灯が点々とあるだけで、人通りも無く
寂しい暗闇が途切れなく続いている。
「さっきまで賑やかだったのに、こんなに寂しい道になるんだね。」
櫻子がぼそりとそう言う。
「うん、私の家は繁華街から離れているからね。」
その会話を聞いて琴和が続くように質問をする。
「バスとかタクシーは使わないの?」
「バスもこの時間なら本数無くって。タクシーは高いし・・・。」
「ああ、そうか。でもこの静けさ、嫌なパターンだよな。」
「そんなこと言わないでよ。ここ最近、そんなのばっかだし。
もし出てきたらどうするの・・・。」
蘭子が呆れて反応すると琴和も苦笑いをした。
「そういえばさ、あのジャーナリストさん、今頃、何やっているかな?」
会話が止まったと思ったら、蘭子が新しい話題を持ちかけた。
何でその話題かと少し疑問だったが、無難に答える琴和。
「瀬戸さんだっけ?どうしたんだ急に?」
「あ、ううん、少し気になっただけ。
何でこの街に来たのかなって。」
「どうだろう、何か面白いネタでもあるのかな?」
「まぁ、あるよね、この街には・・・。」
「ああ、確かにあるよな・・・ひょっとして怪物について
何か知ってるんじゃないのか?あの人は。」
「やっぱりそう思う?隠したのは失敗だったかな?」
蘭子が確認するように琴和に尋ねると、
少し考えてから答えを返す。
「うーん、いやあれで良かったと思うよ。
やっぱり様子見は必要だよ。」
そう言うと蘭子は少しうつむいて答える。
「そっか、やっぱそうだよね。」
それで会話が終わったと感じた蘭子は
そのままうつむきながら、次の話題を考え始める。
まだ謎だらけの現状だし、それ以前に琴和のことも知らないことだらけで
話すことはいっぱいあるはずだが、
何を話していいか妙に分からずにいた。
そう、考えていた時のことである。
右肩を後ろから急に、ぐっと引っ張られる。
「!?」
突然のことで声が出なかった蘭子。
振り返ると琴和が驚いた顔をして前方を見ている。
以前にもあった同様のケースを思い出させる展開だった。
「悪い冗談は止めてよね・・・。」
恐る恐る前方に目をやる蘭子。
すると奇怪な生物がこちらを見て座っている。
その容姿は黒く、毛が長い犬なのだが、両前脚の肩から尻尾が生えているという、
意図の分からないものであった。
しかし、異様な生き物は三人を見ても
座って様子を窺っていいるだけであった。
今までとは違い、敵意が感じられず、今すぐに飛び掛ってくる様子は無い。
一歩前進し、蘭子の前に立つ琴和。
右手にはナイフを持っていた。
「なあ、あいつ襲ってくるかな?」
警戒しつつ琴和が問いかける。
「・・・何かその様子はないよね?」
「櫻子さんはどう思います?」
「・・・おとなしい犬に見えます。
今日はこのまま引き返しませんか?」
櫻子の提案にうなずく二人。
そこで、目を逸らさず、ゆっくり後ろ向きに下がり始める。
そして、ある程度下がっても、犬が襲ってこないことを確認するなり、
きた道を走って戻り始めた。
「はぁ、はぁ、そろそろ平気かな?」
1分ほど走り続けた後、振り返っても犬の姿はなかった。
それを見て安心したのか、肩を落とす琴和。
「えっと、どうしましょうか・・・これから。」
櫻子が周囲を見渡しながら聞く。
「ここからだったら、良い回り道ある?」
蘭子に質問をする琴和。
「良いかどうか分からないけど、
いくつかは道あるよ。あっちかな。」
指で方角を指す蘭子。
その先にはブロックベイで囲まれた薄暗い道が
続いている。
そしてその道の真ん中には
異形の犬が座ってこちらを見つめていた。
その犬の形は先ほど遭遇したものと
似ていたのだが、色が白になっていた。
どうやら二匹目のようだ。
「おいおい、さすがにあの道は通れないよな。」
「う・・・そ。」
「逃げよう!」
櫻子の声を合図にするように逆の道を走り出す三人。
しかし犬は追ってこずに、直ぐ見えなくなった。
その状況に、少し疑問を持ちながらも、一行はひとまず
立ち止まることにする。
「他に道ある?」
琴和は質問をすると蘭子は答える。
「まあ、あるにはあるけど・・・この調子だと
どうなることやら。」
すると櫻子が会話に入ってくる。
「あの、二人はとりあえず隠れていて、私が
道を探してくるというのはどうでしょうか?
私なら襲われることありませんし。」
その提案を聞くと二人は軽くうなずいた。
「あ、それいいですね。お願いできますか?」
「じゃあ隠れるところ探さないとな。」
とりあえず近くの物陰に隠れる二人。
その場所を確認してから、櫻子は道を探すために
飛び立った。




