第十五話<駆け巡るそれぞれの想い>-10
住宅街から少し離れた草木の多い道を、櫻子はただ一人当てもなく彷徨っている。
何かを思い悩んでいるかのような少し暗い表情で、
春めいてきた風景を楽しむ為の散歩とはかけ離れたものであった。
スッと空を見上げると、
木々の間から漏れる日の光は眩しく、温かさを伝えてくる。
その優しさのような感触は、意味もなく櫻子を少し切ない気持ちにする。
ただ一瞬だけ思考を止めると、何か答えを得たわけでもないが
悟ったように小さくため息をつき、再びうつむき加減になる。
「んぁ?何やっているんだ?」
突然、背後から聞いたことのある男の声がする。
ゆっくりと振り向くと、そこには甲子郎の姿があった。
「こんにちは。」
軽くお辞儀をし、笑顔で表情の曇りを隠す櫻子。
すると甲子郎は何も気付かず近づいてくる。
「どうしたんですか、こんな処に?」
「それはコッチのセリフだ。一人か?」
腕を組みながら甲子郎が質問をすると、櫻子は自然体で答える。
「はい、今は散歩中です。
よく一人で散歩はしているんですよ。」
「そうだったのか?」
「はい、蘭子ちゃんから聞いていませんでした?」
一人で散歩に出掛ける事が、ごく当り前のように話すと
甲子郎は特に不思議ではない事と判断する。
「そう言えば昨夜、急に帰られましたけど、
如何したのですか?」
話を切り返す櫻子。すると甲子郎は参った表情で頭をかく。
「ああ、それなんだが・・・。」
「?」
「実はな、急に呼び出されたと思ったら、
上から見回りをもうするなと言われたんだよ。」
「え?」
「上の認識は、俺はお前たちと遊んで、
効率を下げているってことらしい。」
「・・・ひょっとして私たち、ご迷惑をお掛けしていたのですか?」
櫻子が心配そうな顔で尋ねると、甲子郎は右手を広げて前に出す。
「いや、そんなことはない。
むしろ、お前たちと回っていたからこそ得られた情報もあるくらいだ。
頭がおかしんだよ、上は。
だから気に病むことはないさ。」
そう言うと、一つ大きくため息をついた後、仕方ないという表情で話し始める。
「それでだ、これからは見回りはとりあえず無しにしてくれないか?
俺が一緒ではないと流石に危ないからな。」
そう言われると櫻子は確かにそうだと思い、軽くうなずく。
「そうですね。
でも皆にはまだ言っていませんよね?」
「ああ、そうなんだ。
だから今日、とりあえず琴和の家には行くかな。」
「皆、何て言うのでしょうか。」
「そうだな・・・
矢子は一人でも続けるって言いそうだな。」
「そうしたら、小田原さんは放って置けないって言いそうですね。
・・・そうしたら蘭子ちゃんまでも付いていきそう。」
「結局辞めないパターンか・・・。」
「そうですね・・・。」
同じタイミングで溜息をつくと、視線が合う二人。
「息が合うってこういうことか?」
小さな笑いを感じると、冗談を楽しむ二人。
そして笑いが収まる頃に、櫻子が質問をする。
「ところで甲子郎さんは今、何かの調査中ですか?」
「ああ、まあそんなところだ。」
具体的には話さない甲子郎。
その姿勢から、きっと自分たちには話せない内容なのだろうと感じたので、
詳しくは聞かないことにする櫻子。
そう感じると、ふと昨夜の事を思い出す。
「あ、そう言えば昨夜、禦の局員の方に会いました。」
「局員?なんていう奴だ?」
「いえ、私は挨拶をした程度だったので名前までは・・・。」
「そうか、じゃあどんな姿だったんだ?」
「そうですね、眼鏡をかけた男性でした。」
「眼鏡・・・だと?」
櫻子の言う特徴に敏感に反応する甲子郎。
「どうかしました?」
甲子郎の表情が変わったので疑問に思うと、少し不安になる。
「ひょっとして、それってこいつか?」
一枚の写真を取り出す甲子郎。それは昨夜殺害された局員だった。
「ああ、そうです、この人です。」
「何だと!?」
勢いの変わる甲子郎にビクッとするが、お構いなしに質問をされる櫻子。
「こいつに会ったのは何処で何時くらいだ?」
「あ・・・えっと。甲子郎さんと別れてから20分後の帰り道だから22時半過ぎですね。
そして場所ですが・・・。」
会った方角をとりあえず指差す櫻子。
しかし、特に目印になるものが無い場所で説明が難しく固まってしまう。
「・・・どうした、あっちか?」
中々地点が定まらないので、とりあえず話しかける甲子郎。
「うーん、言葉で説明は難しいですね・・・。
そうだ、今からご案内しましょうか?」
「近いのか?」
「はい、そんなに遠くはありません。
・・・ところでその人がどうかしたのですか?」
不思議そうに聞く櫻子。
「いや、まあ大したこと無いさ。」
この局員が殺された事は伏せる甲子郎。
もし、櫻子が事実を知ったのならば、
余計な気苦労を掛ける事になると考えたからである。
「さあ、案内してくれ。」
先ほどの勢いをかき消すように、笑顔でお願いをすると、
深く考えないようにして、櫻子は案内をスタートするのであった。




