第十四話<理由>-9
「ほら、そんな所に立っていないで早く入ってきなよ。」
キッチンでスパゲッティを茹でている早間。
鍋を見つめながら廊下の人影に話しかける。
「・・・アハハ。」
やっぱりバレタかという表情で矢子が入ってくる。
心なしか、少しオロオロしているようだ。
「着ていたんですね、早間さん。」
キッチンに三歩ほど入ってくる矢子。その様子に目を移すと、早間はにこやかに答える。
「ええ、お邪魔していますよ。驚ろかせちゃったかな?
まあ家の前に車があった時点でバレていたか。
それより怪我は無い?」
「はい、今日は特に危なくはなかったので。
・・・ところで何をしているのですか?」
恐る恐る聞く矢子。
「何って、博士の夕食を作っているんだよ。」
「叔母さん、帰ってきているんですね。」
「そう、それで食事に誘われてね。
そこで博士が場所を提供ならば、
私が料理を提供するべきかなと。」
それを聞くと、矢子は少し考える。
「・・・あの、私帰ってくるの早すぎました?」
苦笑いの早間。
「いやいや・・・ああ、前に博士が変な冗談を言うからか。
そんなんじゃないよ。
それより矢子ちゃんも食べる?
多分美味しいですよ。」
「多分ですか・・・。」
早間の言葉に小さく笑うと、辺りを見渡す矢子。
「そういえば叔母さんは?」
「ああ、今シャワーを浴びているよ。」
「・・・やっぱり私、出掛けてきますね。
琴和さんの家でゲームしてきます。」
三秒ほど固まった後、からかう様な表情で後ろに下がる矢子。
その時、背後からスッと気配を感じる。
「今から出掛けるなんて馬鹿なこと言わないの、
この不良マセガキ。」
その場から去ろうとした矢子の頭を後ろからガシッと掴む夏美。
「あ、叔母さん!?」
ビックリした様子で見られると、思わずため息が出てくる。
「あ、じゃないわよ。
もう、一体何を考えているんだか。」
「アハハ。」
笑って誤魔化そうとするので、話題を変えてあげようと考える早間。
そこで、ふと気になった事を聞くことにする。
「そういえば、今日は早かったね。いつもならまだ見回りの時間だよね?」
その言葉に一瞬固まる矢子。
「・・・やっぱり帰ってくるの失敗でした?」
「ええ、まあね。せっかく良いムードだったのに。」
夏美の言葉を聞き、しばらく固まる矢子。一方早間は唖然としている。
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンンサイ!」
そう言って走り去ろうとする矢子の手を掴む夏美。
「馬鹿ね、大人をからかおうとするからよ。
嘘だから小田原君に迷惑掛けるの辞めなさい。」
「うー。」
「ま・・・まあ、それで矢子ちゃん、何かあったの?」
仕切りなおす早間に反応すると、呼吸を一つ置いてから答える。
「急に甲子郎さんが禦に呼び出されて、今日は中止になったんですよ。」
「なるほどね。」
納得する夏美。しかし早間は少し難しい顔をする。
「瀬戸が?どういうこと?」
「それが分らないんですよ。
電話越しに何度も抗議していましたが、結局戻らされたようです。
何かあったのでしょうか?」
矢子が首を傾げると、早間は得られる情報は無いと思い、
まあ良いかという気分になる。
「そう、まあ良いか。じゃあ今日は危ない目には遭っていないんだね。」
「そうですね、でも一応怪物とは戦いましたよ。
結局逃げられちゃいましたけど。
あ、あと気がかりな事が一つありました。」
「何?」
「さっき、私たちの事を調べている禦の人に会ったんです。」
「え?」
「怪物と戦っている最中、偶然会ったんですよ。
その人のノートには私や琴和さん、蘭子さんの行動や情報が事細かく書かれていました。
結局禦の権利ということで何をやっていたかは秘匿にされてしまいましたけど。」
目を合わせる早間と夏美。
「それ、どんな人だった?」
夏美が腕を組んで聞く。
「細身で眼鏡を掛けていたよ。」
「・・・そう。」
静かに納得をすると椅子に腰をかける夏美。
その動作に連動して早間は茹で上がったスパゲティにミートソースを掛けて
テーブルに並べる。
「あの、どうかしたんですか?」
少し様子が変わったので不安になる矢子。
それを夏美は笑顔でかわす。
「何でもないわ。それよりアナタもこれ食べましょう。美味しそうよ。」
「ううん、折角だけど遠慮するね。まだお腹がいっぱいなの。」
「そう、じゃあお風呂でも入ってらっしゃい。冷えたでしょう?」
「うん、そうするね。」
少し変な空気になったが、矢子は気にするのを止めてその場を立ち去る。
そして部屋に入る音が聞こえると早間は冷蔵庫を開ける。
「ビールですか?」
「ええ、君は?」
「私は水で。流石に酔うわけにはいきませんので。」
「つれないわね。」
「車ですから。」
グラスにビールを注ぐと、二人で向かい合うように座る。
「矢子が会った人、資料の人間かしら?」
ビールを一口飲んだ後に、話しかける夏美。
「ええ、おそらくは。早速といったところでしょうか。」
「・・・これからどうなるのかしら。村雲が黙って見過ごすとも思えない。」
「ですが下手な事も出来ないと思います。心配は無用だと思いますよ。」
「だと良いんだけど。」
「大丈夫ですって、さっきも言った通り禦にいる内通者は・・・。」
会話の途中で早間の携帯が鳴る。
「誰かしら?」
「・・・すみません。」
携帯のディスプレイを見ると、公衆電話からの着信と気付く早間。
夏美に謝ると、電話に出る。
「早間です。・・・何だお前か。」
相手は甲子郎であった。そのせいか、面倒くさそうな顔をする。
「どうした、こんな時間に?
・・・ああ、大丈夫だ。
・・・え?ああ、問題ないようだ。
本当だって、今さっき矢子ちゃんが無事に帰宅したから、皆家に着いているよ。
今?・・・別にいいじゃねぇか。
・・・矢子ちゃんの家だよ。・・・そうだよ、だからこの目で無事は確認しているって。
で、どうしたんだよ急にそんな事聞いて。大体俺は常に皆のそばに居る訳じゃないから
何処で何をやっているかまでは知る訳がないんだぞ?まあ今回は
たまたま分っただけであって・・・・・・・何だって?」
しばらく固まる早間。表情が一変したことに夏美は感付くと不安になる。
「・・・詳しく聞かせてくれるか?
・・・・うん・・・うん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
しばらく相づちのみの早間。静かにその声だけが聞こえ、
夏美は何をするわけも無く、電話を終わるのをグラスを握り締めて待つのみだった。
「分った、でも何でそんなことを俺に?・・・何だって!?」
急に大きな声で驚きを表す。
「ちょっと待てよ、どういうことだよそれ!
・・・分らないって、お前!
・・・・・・・・・・・・ああ、そうか、だからか。
・・・そうか、分った。とにかく明日だな。ああ、時間を作るよ。じゃあな。」
電話を切ると、深刻な顔をする早間
「どうしたの?」
夏美が不安そうに聞くと、少し困った顔をする。
「・・・資料の彼、先ほど殺されたそうです。」
「え!?」
「今、瀬戸からの電話でした。
最初は、矢子ちゃんたちは無事か?という質問でした。
少し焦っていましたね。
そこで無事だと伝えてから、質問した理由を聞いたんですよ。
そうしたらアイツ、小田原さんや楠木さん、そして矢子ちゃんの調査をさせていた
局員が殺されたって言い始めましてね。
・・・それって資料の彼ですよね?」
「誰に・・・殺されたの?」
「まだ不明です。ただ周囲に動物の死骸があったので
カザーバということかもしれません。ですが・・・。」
「カザーバを犯人にする為の工作を村雲がしたのかもしれない。」
「・・・ええ。」
しばらく沈黙をする二人。その間に水をキュッと飲むと早間は話を再開する。
「後もう一つあります。
瀬戸、もう小田原君たちと行動を一緒にするなという命令が出たそうです。」
「!?」
「見回り中にその命令が出たらしいです。
それで急遽戻る事に。
その中で、矢子ちゃんたちのそばに配置した局員が殺され、
三人の行方が掴めなかったから焦っていたようです。
でも自分は命令の為に探しに行けなかったから私に電話をしたとのことでした。
もし、私も知らなかったら探しに行かせていたでしょうね。」
両手を合わせて考え込む夏美。そして恐々と質問をする。
「何でそんな命令が出たの?」
首を振る早間。
「本人も良く理由が分らないとの事でした。局長も上からの命令でよく分らないそうです。」
「上・・・から。」
「はい、上です。
参りましたね。私の考えは甘かったといことでしょうか。
村雲の影響力は禦のかなり上まであるようです。
諜報局局長より上というと、
国内だと支部長か三人の元老院くらいです。
これは・・・ハハ、とんでもない事を知った気がしますよ。」
力が抜けた様子の早間。夏美は肩を落とす。
「・・・そうよね、やっぱり無理だったのよ。村雲から抜けるなんて。」
失意の声を聞くと、早間はハッとする。
夏美に絶望をして欲しくない。その思いからか再びしっかりとした姿勢を見せる。
「諦めないでください。まだ負けと決まったわけではありません。」
「無理よ、もうどうしようもないじゃない。
もし計画通り貴方の友達に話をしても、相手は元老院クラスなのよ?
どうされるか分らないわ。
今回は友達が殺されなかったけど、次は分らないじゃない。」
「・・・そうですね、本来ならば瀬戸も殺されていたかもしれません。
矢子ちゃんたちと親密に接しているわけですから。
ですが、アイツは嘉島と対等に戦ったという実績から
簡単には殺せない。むしろ返り討ちにあって、ボロが出る事を危険と判断したのでしょう。
それだったら権力で遠のけるのが一番ですからね。」
「でも、アイツはそんなものには負けません。」
一呼吸待った後に、確信したように甲子郎の強さを表現する早間。
しかし夏美はそれを受け入れようとはしなかった。
「駄目よ、いくら強くても個人は組織に敵わない。
・・・家族同然なのでしょう?だから駄目。
失うような事をしちゃ駄目・・・。」
「博士・・・。」
嘆くように訴える声は早間の心に重く圧し掛かる。
先ほどの夏美の話を聞いた後だったので、重みがある言葉であった。
「分りました。まあ私だって、アイツに危険を押し付けたくはありません。
もうこうなってしまった以上、話をすることは危険だということは認識をしています。
仮に話しをしたら、無理と分っていても行動をするでしょうし。アイツはそういう奴です。
でも、絶望もしないでください。
・・・まだ、手はあります。」
「え?」
落ち込んでいた顔を上げる夏美。すると早間は視線を合わせる。
「星の牙を捜します。」
「星の・・・牙を?」
予想外の提案で、驚いた表情の夏美。一方早間は、真剣な眼差しで話を続ける。
「はい、星の牙です。彼らは中立であり、この星の病を切り裂く存在。
村雲の実情を知れば力を貸してくれるはずです。」
「・・・でもそんなに上手くいくかしら?
星の牙って結局はこの世界の理に反した魔物を退治する存在でしょう?
人間同士の揉め事に関与するとは思えないわ。
それ以前に星の牙自体を見つけることが難しいじゃない?」
「そうですね、それは安易に考えられる懸念です。
ですが、私は力を貸してくれそうな星の牙を知っています。
まあ、今、何処にいるかは分りませんが。」
「え?」
「その星の牙は限りなく人間に近い存在です。
むしろ、たまに人間の中に入っていることだってあります。
そしてとても慈悲深い。
ですから事情を話せば力を貸してくれると思います。」
早間の言葉に驚き続きの夏美。そして、底知れぬ物を感じる。
「・・・星の牙と知り合いとでも言うの?」
「ええ、知り合いというよりは、むしろ命の恩人と言ったところです。
過去に色々と世話になりましてね。
まあ一度世話になったのです。また世話になっても変わらないかなと。」
「貴方は、一体・・・?」
「言ったでしょう、どうにかするって。その為だったら何でもしますよ。」
そう言うと目線を合わせる早間。
「分った、貴方を信じるわ。」
正直なところ確実なものは無かったが、早間の目を見ると
妙に心強く感じる夏美。すると自然とその言葉が出てきた。
「はい、ですから絶望はしないでください、絶対。」
夏美の言葉を受け止め、戦う理由を得る早間。
特にそう見せようという意識はなかったが、その姿は雄雄しいものであった。
<第十四話 理由 -終->




