第十二話<離れた地での約束>-6
旭は村の中の道を走っていた。
郁葉が指し示された方向にチャージャがいることを教わり、
逸る気持ちを抑えきれずにいるからだ。
その途中に、何人もの村人から呼び止められて急ぐ理由を聞かれていたが
チャージャの事は口に出さずに軽く流していた。
そうこうしている間に川が見えてくると、周囲を見渡しチャージャの姿を探す旭。
郁葉が指し示した方角からなるべくずれないように来たのだが、
道の関係上、少しずれてしまっていた。
一瞬チャージャの名を呼んでみようかと思ったが、
またどこかへ飛ばれてはいけないと思い、止めることにした。
息を整えつつ、ゆっくりと下流に向かって歩くと、川の畔に座っているチャージャの姿を見つける。
そこで最初に何と話しかけようか考えようとしたが、良い言葉が思いつかないまま
彼の直ぐそばまで来てしまった。
「チャージャ?」
とりあえず名を呼ぶ旭。するとチャージャは顔を向ける。
彼の顔には元気が無く、落ち込んでいることがはっきりと分かる。
「急にどうしちゃったの?」
そう聴きながら彼の隣に座る旭。するとうずくまってしまうチャージャ。
「・・・何で旭は優しくしてくれるの?」
「何でって・・・理由が必要?」
考えるように黙り込むチャージャを見ると、空を見上げながら言葉を選ぶ旭。
「どうしても理由を言えって事になると、
やっぱりチャージャは私たちの恩人だし、
可愛そうな目に遭っているし、大切なお客様だし・・・
そして何より友達だし。」
そこまで言うとチャージャを見つめる。
「でもそれはきっと口実なんだと思う。
実際のところ深い意味は無いよ。私が思うように行動していただけ。」
郁葉との会話に出た事を思い出しつつそう言うと、チャージャは少し顔を上げる。
「そうだよね、旭の純粋な優しさには凄い感謝している。」
そうチャージャが返すと、旭は聴きづらいとは思いながらも、質問を投げかけることにした。
「ねえ、何で迷惑をかけていると思うの?」
先ほど郁葉が言っていた事に嘘は無いと思ってはいたが、
直接本人に聞かないと解決しないと考えた旭は、あえて尋ねることにした。
するとチャージャは、少しずつ話し始める。
「僕は、旭に気を使ってもらってばかりじゃないか。
そして不甲斐ない姿を晒し続けている。
君の生活を縛ってまで。」
悲しそうな声を聞くと、旭まで辛い気持ちになり顔を曇らせる。
「そんな風に言わないで。
仕様が無いじゃない、お姉さんもさらわれて、
自身の力も使い果たしちゃって、故郷にも帰れなくなって・・・。
そうなったら誰だって落ち込んじゃうよ。」
「でも、情けないのには変わりないよ。」
「そんな事ない。
誰もあなたの事をそんな風に思っていないよ。
あなたは立派よ、自分の力が枯れ果てるまで出し切って皆の命を守ってくれたじゃない。
あの時チャージャが私たちを安全なところまで飛ばしてくれなかったら、
私たちは全員長野で殺されていた。
今ここで、こうやって生きていられるのはあなたのお陰じゃない。」
首を軽く振るチャージャ。自分を責め続けているような表情で、目を虚ろにする。
「あの時は無我夢中だったんだ。
今思うと、もっと違う行動を取ったらもっと良い結果が得られたと思う。
ひょっとしたらカザーバ以外の人たちも助けられたかもしれない。
姉さんだって・・・。」
「そこまで自分を責めないで。あなたは十分頑張ったわ。」
「でも例え、あの時は立派でも今が情けなかったら駄目だよ。」
「ここに来た時は、自信に満ちていた。
与えられた使命なんて簡単にこなせると思っていた。
姉さんが居なくたって、独りで出来ると思っていた。
だけど今は違う。
思いもしなかった人間の汚い部分に触れて、絶望を味わった。
今まで向けられた事の無いくらい醜い罵声を浴びせられ、傷ついた。
その中で姉さんが居なくなり孤独を感じるようになった。
・・・そして力を失って自信までが消え去った。
自分には何も無いって思い始めたら、周りがとても怖くなってきた。
どこか蔑まれた目で見られている気がする。
だから誰にも見られたくない。誰にも会いたくない。
挙句の果てには、ひょっとしたら村雲がここの人間に混ざって
近づいてくるような気がしてきてさ。
そう考えると人が怖くなってきて・・・。
情けないよ、だから君に守ってもらおうと考え始めて。
こんなんじゃ駄目なのは分かっている。
本当は早く力を取り戻して、姉さんを助けないといけない。
それ以前に、旭をここに縛り付けていること自体愚かな行為なんだ。
君は強い。姉さんを助けたいなら、直ぐにでも救出作戦に復帰してもらうことが
一番いいんだ。旭自信もそれを望んでいるのだし。
だけど、それが出来ない僕がいる。」
沈みきったチャージャの肩に、慰めたい気持ちからそっと手を触れる旭。
「大丈夫、そう思い始めたなら、いつか出来るようになるよ。」
「・・・。」
「今が良くないって思い始めたということは、
いつかは変えないといけないと思うことに繋がるでしょ。
そして次に変えようと決めて、行動に移すようになるの。
きっと今は立ち上がって歩き出そうとしているところなのよ。」
「そうなのかな・・・僕には自信が無いよ。」
「そりゃそうよ、不安だとは思う。
それに上手く歩けなくてまた転ぶ事だってあると思う。
だけどまた立とうとすれば少しずつだけど進むことが出来る。
それに私だって、転んだあなたに手を差し出すよ。
だから、いつかきっと目指すところに辿り着けるよ。」
「目指すところ・・・。」
空を見上げつぶやくチャージャ。その視線の先には昼の月があった。
そして肩にある旭の手をギュッと握った後、ゆっくりと肩から下ろす。
「旭、嘉島のところに行って。そして姉さんを助けるために力を貸して。」
「チャージャ・・・。」
「僕はもう大丈夫。独りでも頑張るよ。
本当は僕も行って姉さんを助けたい。
でもまだ力が戻らないし、村雲に目を付けられて逆に足を引っ張るかもしれない。
少しずつだけど、日に日に力は戻ってき始めたから
十分戦えるようになったら僕もそっちに行く。
だからそれまで、僕の代わりに姉さんを探して。
このまま力が元通りになるまで回復するかは分からないけど、
でも不安がっていても仕方が無いよね。
それだったら僕は、立ち上がって進むことを選ぶよ。」
何かを決心した顔つきに変わるチャージャを見ると、旭は嬉しくなってきたせいか、笑みがこぼれる。
「それがチャージャの望みなんだよね?」
その答えにチャージャは「うん。」と答えると、旭も決心した強い顔に変わる。
「分かった、私は嘉島さんの下へ戻る。そしてチャージャのお姉さんを助け出す。」
その答えを聞くと、チャージャは立ち上がり、旭の前に立つ。
そして何かを撒くかのように手を振ると、光の粒が
旭に降りかかっていった。
「これは?」
「せめてものお守り。ある程度は打たれづよくなると思う。」
そう言うとしゃがんで、不安そうな顔で旭を見つめる。
「お願い、死なないで。」
「・・・分かった。」
心の底から旭の無事を祈るチャージャ。
彼にとっては、姉を助ける事よりも守って欲しい約束であった。




