第十二話<離れた地での約束>-7
「いいのかしら?こんなところにいて。」
部屋の電気をつけながら問いかける郁葉。
その質問はチャージャに向けられていた。
「電気は点けなくていいよ。窓からの光で十分だよ。」
スッと顔を上げるチャージャ。彼がいる部屋はカーテンだけではなく
窓も開いており、沢山の光と新鮮な空気が入り込んでいた。
「それで良いのかしら?旭はもう行っちゃうわよ?」
再び尋ねる郁葉。その表情は何かを試すようにも見える。
旭とチャージャが川の畔で話してから日が明け、時計は午前11時を回っていた。
今までならば常に一緒にいた二人であったが、出発の日に限って
別々に行動をしている。
「そうだね、もうそろそろだね。
でも旭にだって家族や友達がいるでしょう?
これから危険で離れた土地に行くんだ。
僕だけに時間を割くわけにはいかないよ。」
そう言うと手元にある筆記用具を筆入れにしまうと、
数枚の紙を郁葉に差し出す。
「これ、作ってもらえる?」
彼は今まで机に向かって何かを描いていたようで、その途中に郁葉が
部屋を訪れた形であった。
紙を受け取り、目を通す郁葉。そこには複数の鏡を円状に並べる図が描かれている。
「これは?」
「より多くの月光を集めるための装置。
光を中心に集めて、吸収する効率を上げるためのものだよ。」
「なるほど、月明かりから力を得られるアナタたちならではの装置ね。
これで使い切った力を回復できるの?」
「どこまで回復できるかは分からないよ。
でもある程度は戻るはず。そして光を浴びる量を増やせば効果は上がると思うんだ。
だから、とりあえずはやってみる。」
しっかりとした顔立ちで自分の意思を伝えるチャージャ。すると笑顔で郁葉は答える。
「そう、なら作ってみましょう。
月の移動を考慮して、時間と共に鏡の角度を変える装置も割りと簡単にできそうだしね。
翁に伝えておくわ。早急に作れってね。」
快く了承してくれる郁葉を見ると、笑顔で礼を言うチャージャ。
「有難う。ごめんね、郁葉には暫くお世話になりそうだね。」
「いいのよ、友人は大切にしないと。
それより急にどうしたのかしら?随分と元気になったようだけど。」
スッと、何かを悟ったようなスッキリとした表情を見せるチャージャ。
「そうだね、溜まっていること吐き出した後に元気付けられたら、
また頑張れそうって思った。そんな感じかな。」
「そう、良い友達に会えて良かったわね。」
静かにうなずくチャージャ。
「旭はそろそろここから離れるけど今、僕はどうこうするつもりはないよ。
直ぐに力を取り戻して僕も旭の所へ行く。
・・・そして姉さんを助ける。だから今は束の間の別れ。そんなに寂しいものじゃない。」
力強く自分の決意を語るチャージャを見ると、『もう心配は無い』と確認する郁葉。
そのせいか、うっすらと笑みがこぼれる。
「でも、彼女が行く先は村雲や禦の主要機関の側。
心配では無いというのは嘘になるね。」
「そうね、確かに危険は多いわね。」
「もう少し強い人を送り込めないの?
僕から見ても少し頼りない戦力だよ。」
「それは検討中よ。近いうちに改善されるわ。」
「そう。」
淡々と話し合う二人。それは心配事の相談というよりは
問題を解決する話し合いに近い雰囲気だった。
「私情に近い話になるけど、近いうちでは姉さんどころか
旭だって助けられないかもしれない。
もっと具体的に話は煮詰まっていないの?」
やや難しい顔で問いかけるチャージャに苦笑いを見せる郁葉。
両手を挙げると小さくため息をつく。
「随分と手厳しいのね。
・・・でも、もっともな意見だし私もそう思っている。」
「聖、そこに居るのかしら?」
自分の足元の右側に視線を向ける郁葉。
すると50cm程の楕円形をした黒い影が床に突如現われる。
「はっ、これに。」
影から低く畏まった声が聞こえると、黄色い眼光のようなものが二つ現われる。
「アナタも旭に付いていきなさい。
そして彼女や嘉島が窮地の時に力を貸してあげて。
・・・あくまでひっそりと、慎ましくね。」
「イエス、マイロード。」
そう返事がくると、影は収縮するように消えていく。
「君の従者かい?」
その異様な存在に怯えることも無く尋ねるチャージャ。
「ええ、そうよ。
愚かな人間の勝手な解釈や策略に利用されて
忌み嫌われる存在となった悲しい人。
本当は慈悲深く清い心の持ち主なのに、
きっと彼の大いなる力が脅威に感じたのね。
でも私は彼に厚い信頼を置いている。
だから彼には新しく、ふさわしい名前を与えて共に歩むことを決めたの。」
聖の説明を簡単に聞くと、チャージャは何気ない様子で言葉を返す。
「初見になるね、星の牙は。」
その台詞を聞くと小さく笑みを見せる郁葉。
「そうね、天然は今まで会っていなかったわね。」
「彼は強いの?」
「ええ、もちろん。
こんなところで旭を失うわけにはいかないわ。」
「郁葉も旭が好きなの?」
「そうね・・・好きよ、ああいう娘。
何より、これからの世界には必要な存在になるかもしれないしね。」
「君は、いつも何かを考えながら見据えているんだね。」
「別に腹黒いことを企てているわけじゃないわよ。
予想と思考を止めていないだけ。」
軽い笑みのようなものを浮かべる郁葉だったが、
すぐに表情は元に戻る。そして何かに気がついたのか、扉を見つめるとノックする音がこだまする。
その音に呼応してチャージャが「どうぞ。」と答えると扉はゆっくりと開き始める。
「あさ・・・ひ?」
驚きのせいか、ゆっくりと立ち上がり言葉を詰まらせるチャージャ。
郁葉も目を丸くしている。
「あはは、やっぱり驚いた?」
何気なく二人のリアクションを返す旭。
そこには髪を肩くらいまで短くした旭の姿があった。
「どうしたの?その髪は?」
「切ったの。」
「何でまた!?」
少々慌てながら尋ねるチャージャ。しかし旭は予想通りといった様子だった。
「アナタのお姉さんを助けるという決心と
アナタの友達という証のため。」
「え?」
「これから私は離れたところに行くよ。
だから毎日お互いのことは確認出来ないから、いつかは心まで離れたように感じると思う。
でもその時は思い出して、アナタと同じ髪型にしたことを。
これは離れたところでもアナタを忘れないためのおまじないのようなものだから。
何処にいても、私たちは友達だよ。」
そう笑顔で伝える旭。するとチャージャは小さくうつむく。
「そんなことしなくて良いのに・・・。」
「え?」
震わした小声でつぶやくチャージャに、ドキッとする旭。
一方郁葉は静観をしている。
「僕は直ぐにそっちに行くよ。だから距離なんて関係ない!」
一呼吸置いた後、少し大きな声で決意するチャージャ。
その言葉を聞くと、笑顔で手を差し出す旭。
「分かった、待ってるからね。」
「約束するよ。」
そう言うとチャージャは旭と力強く握手を交わすのであった。
<第十二話 離れた地での約束 -終->




