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第十一話<調(しらべ)>-10

「ようやく着きましたね・・・。」

大荷物を抱えて琴和の家に雪崩れ込む三人。

「流石に・・・買いすぎたな。」

自分のやったことに少し反省を見せる甲子郎。

夕食を作ることが決まり、張り切ってあれやこれやと買っていたら

気付くと大荷物になっていた。

「ほら大丈夫、矢子ちゃん?」

矢子も両手で一生懸命荷物を持ってきており、

顔が真っ赤になっている。

毎晩それなりに重量のある小太刀を振り回しているのだが

その時のような力強さはなく、目の前にいるのは力のない少女といった感じだった。


「さて、早速作り始めるか。」

「まだ早すぎませんか?」

威勢良く腕まくりをする甲子郎に突っ込む琴和。

「・・・それもそうだな。とりあえず買ってきた物を片付けるか。」

そう言って袋から物を出し始める甲子郎。一方琴和は冷蔵庫から

リンゴジュースを一つ出すと矢子に手渡す。

「はい、お疲れ様。

これ飲んで部屋でゆっくりしていていいよ。」

「すみません。」

申し訳なさそうだが余裕もないようで、素直に受け取って部屋に向かう矢子。

ちょこんと座るとジュースを飲み始めた。


「甲子郎さんは何飲みますか?」

再び冷蔵庫の前に立つ琴和。

「んぁ?何があるんだ?」

「そうですね、コーラにリンゴジュースにミルクティー。

あとお茶ですね。」

「結構あるんだな。」

「ええ、毎日皆来ていますからね。とりあえず飲み物は多めに揃えていますよ。

まあミルクティーは蘭子の趣味ですが。」

「そうだな、じゃあ茶をくれ。」

「はい。」

冷蔵庫を再び開けると、1.5リットル入りのお茶のペットボトルを取り出して

二つのコップに注ぐ。そして甲子郎のそばに置くと、もう一つは自分で飲み始める。



「あの、聞きたいことがあるのですが、いいです?」

一通り片付けが終わると唐突に話しかける琴和。

甲子郎はその場で振り返るとお茶を一口飲む。

「昨夜、蘭子の様子はどうでしたか?」

「・・・と、言うと?」

「今朝、蘭子に会ってきたんです。

ボーっとして動かないと櫻子さんから聞いて

心配になって家に行ったんです。

すると理由を話してくれました。何でも考え事をしていたそうです。」


「昨夜の事をか?」

甲子郎がコップを流しの上に置きながら聞くと、

矢子も話に関心があるようで顔を上げて琴和に視線を向ける。

「そうですね、昨夜のことが関係しています。

あいつの話ではこういうことでした。

僕と同じような体験をしたそうです。

巨大なコウモリの怪物の返り血を浴びた時、物凄い気持ち悪さを感じていたそうです。

ですがその中で多くの怪物に囲まれて追い詰められていたら

突然頭が真っ白になって気持ち悪さを感じなくなった。

そして何事も無かったかのように怪物を倒していたらしいんです。

僕が気持ち悪くないかと聞くまで、そう感じていたことすら忘れていたと言っていました。」


琴和は両手で握り締めていたコップを近くの台の上に置く。

「それであいつ、自分自身が一体何なのか考えていたらしいんです。

だってそうじゃないですか?辛く感じていたことを簡単に忘れて、

更に耐性まで出来ているんですよ。自分自身が不気味になってきます。

結局分からないままですが、今は深く考えると怖くなるだけだから

考えないようにしようという事にして落ち着きましたが、やっぱり心配です。」


「なるほどね。」

腕を組む甲子郎。

「正直なところ、昨夜の蘭子は様子がおかしかった。」

「どういうことですか?」

「敷地内に入った時、後方から巨大なコウモリの怪物が特攻してきたんだ。

俺たちは左右に分かれて何とかかわしたんだが、

怪物は休むことなく蘭子に突進を仕掛けた。

俺は銃で打ち抜こうとしたんだが弾が貫通して蘭子に当たる可能性もあったから

横に飛べとアドバイスをした。

だが蘭子は言うことを聞かず、手元にあった鉄パイプを掴んで

怪物に殴りかかった。そして見事討伐。

目の前には怪物の血だらけになった蘭子が力なく立っていた。」


天井を見上げる甲子郎。

「様子がおかしくてな、俺は急いで近づいて「大丈夫か?」と聞いたんだ。

すると体が震えて目が虚ろになっていた。視点があっていない様子だったな。

だが敵は待ってくれずに俺たちを取り囲んでいた。

そんな状態だったからな、俺は一気にやつらを消そうとしたんだ。

その時の事だ、蘭子はゆっくりと前進をし始めた。」


顔の向きを琴和に向ける甲子郎。その表情は謎めいたものを話す感じだった。

「あいつ、怪物に突進して行ってな、鉄パイプで次から次へと

怪物共を叩き落していったんだ。

あの動きは凄まじかった。正確に敵を叩き落していくんだ。

あんなこと、普通出来やしないぜ。」


「お前たちが来た時には様子がいつも通りだったようだが、

正確にはいつ頃から戻ったかは良く分からない。

あの時は敵が片付いた直後で、それまでろくに話すことが出来なかったからな。

ただ琴和の話が背景にあったと考えると、二匹目からはひょっとしたらいつも通りだったのかもしれない。」


「やっぱり、様子はおかしかったんですね。」

少し物悲しい雰囲気で琴和がつぶやくと、部屋は静まり返ってしまう。

「・・・今日は見回り止めておくか。」

甲子郎がぼそりと言う。彼にとっても蘭子の様子がおかしかったことは気がかりだったのだろう。

しかし琴和は困った表情を見せながらも首を振った。

「僕もそれを・・・いえ見回り自体を止めようかと提案したのですけど、

断られました。気持ち悪かったことが辛いんじゃなくって

辛く感じないことが不気味なだけと言われましてね。

それ、僕も分かります。同じ体験をしていますから。

そして、自分の不可思議な部分は不思議な世界に関わり合いを持つことによって

分かってくるんじゃないかという考えを持っていましてね。

見回りを止めるつもりはないようです。

そこも僕は同じ意見です。だから無理に止めさせたりはしません。」


頭をかく甲子郎。どうしたものかと迷っている様子だった。

「分かった。確かに今のままでは分からず終いではあるし、

本人たちがそう言うならそうしよう。

とりあえず、この件は琳に伝えておく。それでいいか?」

「はい、それでお願いします。」

琴和は軽くうなずくと、心配そうにずっと話を聞いていた矢子のそばにゆっくりと近寄る。

彼の移動を追うように、矢子は首の角度を曲げ続ける。


「矢子ちゃん、今日はあいつ少し力ないところあるかもしれないから

元気付けてあげて。ゲームをしたり、買ってきた服を着て見せたりしてさ。」

琴和が何かを抱え込んだような表情でお願いをすると、矢子は何か力になりたいと感じた。

その時、午前中に甲子郎が話した『お前は蘭子の事が好きなんだな。』という言葉が頭をよぎる。


『そうか、私はこの人たちのことが好きなんだ。』

まだ出合って一月も経っていなかったが、

すでに他人という感じはしなくなっていた。

気がついたら今自分の居るポジションが定位置になっていて、

毎日を楽しく過ごしていた事に気が付く。

そしてこのまま、ずっと良い関係で過ごして行けるんじゃないかと思うと、

温かい気持ちが胸から全身に染み渡る感覚を覚えた。


しかし、その直後に自分の脳裏に叔母の後姿が現われる。

誰にも気付かれないようにハッとすると、急に心が冷えてしまった。


『無理かもしれない。』

心でつぶやく矢子。

だが、蘭子が辛がって琴和が困っているのだから、

自分は何かをしてあげたいという気持ちが込み上げてくると、

無意識のうちにうつむいて、右手を胸の上でギュッと握っていた。


「大丈夫、絶対に大丈夫。」

「え?」

突然矢子がつぶやくと、琴和は戸惑ってしまった。

それに矢子が気が付くと慌てて話し出す。


「あ、いえ、その蘭子さんなら大丈夫です。そういうことですよ!」

すると琴和は優しい表情になりその場に腰掛ける。

「うん、そうだよね。あいつは大丈夫だよね。」

コクコクとうなずく矢子。そして自分の買い物袋から甲子郎からもらった箱を取り出す。


「早速これを付けてみます。蘭子さん、気付いてくれると良いんですけど。」

「きっと気付いてくれるよ。」

そう言うとにっこりと微笑む矢子。

やや恥ずかしそうだったが、嬉しそうでもあった。

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