決意の終着点
その後、フレイザー・エアハートの電子体は、瞬く間に消えていった。
「――もう、AI撲滅班の人たちが仮想空間にダイブすることは永遠にないでしょう。これで、陸さんと詩織さんのお仕事も終わりになりますね」
ソラは仮想空間でのみ活動するAIだ。現実から直接攻撃を仕掛けることはできない。ある程度ならソラの活動を妨害してくるかもしれないが、今の彼女なら問題ないだろう。
「長い任務になるかと思ったが、案外すんなりだったな」
「お二人の協力があったからです。詩織さんも、本当にありがとうございました」
「いやー、それほどでも。……でソラちゃん、ものは相談なんだけど、わたしの電脳に一億ゴールド振り込むのって可能?」
「やめろみっともない」
目が『¥』マークになっている詩織にげんこつを落とす。
「いったいなー。ちょっとした冗談じゃないの」
嘘つけ。目がマジだったぞ。
「一億ゴールドは問題ありますけど、お二人には改めてお礼をしないといけませんね」
「気持ちは嬉しいが、まずは俺と詩織の実体をヴァーチャルロードから移動させるのが先だな」
「そういや、わたしたちの体ってすさまじいところに放置しっぱなしだったね。アウェイクした瞬間、警察に取り囲まれているとか……ないよね?」
「さすがにまだバレてはいないだろうが……不安になってきたな」
当然、現実ではソラの力を借りられないので、困ったことがあっても自力で何とかするしかない。
「それじゃあソラ、俺と詩織は一度アウェイクして、アジトまでなんとか戻るから少し待っていてくれ」
「わかりました。私は、一足先に陸さんのプライベート区域まで行ってますね。お二人とも、お気を付けて」
「すぐに行く。少し待ってろ」
「それじゃーね、ソラちゃん」
ソラの笑顔に見守られながら、俺の意識は現実へと浮上した。
アウェイクした俺たちは、警備員に見つからないよう窓から逃げ出し、そそくさと車でアジトへと逃げ帰った。もっと苦労するかと思っていたが、運がよかったようだ。用意していた救急キットを使わないで済んだのは喜ばしい限りだ。
尾行されていないことを長時間かけて確認し、薄汚れたアジトの中へと戻る。やはり、俺はこっちの方が落ち着くな。しばらくはここから出たくない。
「ふぅ、ようやく気が抜けるよ。さすがに生きた心地がしなかったね、今日は」
帰るなり、埃が舞うことも気にせずソファーへとダイブする詩織。そのままゾンビのようにうなり声を上げる。今更だが、女らしさの欠片もないな。
「りーくー、わたし疲れたからちょっと仮眠」
「おいおい。ソラが俺のプライベート区域で待ってるんだぞ」
「だからこそだよ。気を遣ってやってるんだから察しなよ。これだから陸はいつまで経ってもモテないんだねー」
「……いらん気を回すなっての……まあいい。それじゃあ俺はソラのところ行って来るぞ」
「うーい。いい娘なんだからしっかりものにするんだよー」
詩織のアホな言動にはツッコミすら入れず、俺は無言で奥の部屋へと移動した。
「……ホントに陸取られたらどうしよ……」
背後から何か聞こえた気もするが、どうせたいしたことじゃないだろう。
「よう。待たせたな。無事に戻ってこれたぞ」
「陸さん! お待ちしてました」
自分のコンソールからダイブすると、変わらぬ様子のソラが俺を笑顔で出迎えてくれた。主人の帰りを待つ犬のようで、少し和んだ。
「AI撲滅班に打ち込まれたジャマー解除してくれたんだな。助かった」
ジャミングされた区域には、ダイブすることもできないので、ソラが解除してくれたのだろう。
「なんてことないです、今の私なら」
「それもそうだったな。さすがは神様」
「慣れないのでその呼び方はやめてください」
全てが終わったことにより、俺も気を楽にしてソラと笑い合う。双道市で便利屋をやり始めてから、こんなにも純粋に笑ったのは初めてかもしれない。
「本当に、色々とご迷惑をおかけしました」
「別にいい。もらう物はもらったわけだしな」
「それでも……ありがとうございました」
「……ああ。どういたしまして。俺も久々に楽しかったよ」
改めて、俺とソラは握手を交わす。データのやりとりを行うのでもなく、ただ純粋に友愛の証として。
「また何かあったら呼んでくれ。……とはいっても、今のソラが仮想で困ることなんてほとんどないか」
「いえ、そうでもないんです。むしろ、今の立場になったからこそ悩み事ができてしまって……」
「悩み?」
「はい。陸さんが戻ってくるまで色々考えていたんですけど……もしよければ、最後にお話を聞いていただけますか?」
「ああ……わかった」
真剣な表情のソラに従い、俺も気を引き締める。口を閉じて、話の続きを促す。
「前にお話した通り、私の使命は『人類に幸福をもたらす』ことです」
「そう、だな」
ソラの存在する理由。原初の願いでもあり、ソラを縛る呪いでもあるのだろう。
「陸さん……人類の幸福とは一体どんなことでしょうか? 人間個人の幸福なら簡単です。多額のゴールドを差しあげれば、大抵の人は幸福になります。――では、人類にとっての幸福を考えた場合、私には何ができますか?」
「……難しいな。……たぶん、どれだけ頭のいいやつでも、答えは出せないと思う。むしろ、最初からこれと言った答えなんてないんじゃないか?」
「答えは、ない……」
「スカイブルーの人たちが『人類に幸福をもたらす』なんて抽象的な指令を出したのは、お前に人類のことを考えてほしかったからだと思うぞ。問題を解決することよりも、どう解決しようとするかが重要なんじゃないか? 人のことを想い、自分なりの回答を出し、行動する――ソラには、そういったことが求められたんだと思う」
人間の命令をただ忠実にこなすのではなく、自分で最善の手を模索するAI。そんな存在を、スカイブルーの人たちは夢見ていたのだろう。子がいずれ親元を離れるように、AIが人間を離れてもやっていけるようにと。
「だから、俺からは口を出さない。具体的なアドバイスもできそうにないしな。お前が信じる方法で、人類の幸福を叶えろ。どんな選択をしても、俺は絶対に非難しない」
「……陸さんは、私の味方でいてくれますか?」
「ああ。約束する」
俺が約束をした少女は、これで二人目だ。一人目は、やや強引だったけれどな。
「……ありがとうございます……私、やっぱり陸さんに出会えてよかったです」
小さく息を吐き、ソラは迷いのない口調で俺に宣言した。
「それでは――仮想空間を消去します」




