11.マリア、帰る
「シャーロット!」
そこには、淡い水色の髪と瞳をした美しい少女――シャーロットの姿があった。
どうやら走って来たらしく、肩で息をしている。
マリアは彼女に駆け寄った。
「ど、どうしてここに? 何かあったの?」
「わたくしは、毎日ここに来ておりましたわ。マリアさん、手紙をご覧になったのではないのですか?」
彼女の話によると、2、3カ月前に、一定条件下で魔力回路を開く訓練をすると、黄泉の川に来られることに気が付いたらしい。
そして、2人同時にこの川に来れば、元に戻れるのではないかと思い、その旨を書いた手紙を王都に出した、とのことだった。
一生懸命戻ろうと頑張ってくれていたのね、と温かい気持ちになりながら、マリアは残念そうに首を横に振った。
「ごめんなさい、知らなかった。きっと私の手紙も届いていないわよね?」
「ええ、残念ながら」
そして、どうしてマリアがここに来たかという話になり、彼女は、はたと思い出した。
そうだ! パーティで大変なことになっていたんだ!と。
マリアは、シャーロットの肩を掴んだ。
「そうなのよ! 今大変なことになっているの! あの王子様とイリーナが……」
マリアは、事情を早口で説明し始めた。
ダニエル王子から、イリーナをいじめたという大嘘で断罪されたこと。
イリーナに飲まされた飲み物に、何か入っていたらしく、口が聞けなくなって意識がなくなったこと。
気が付いたら、この場所にいたこと。
マリアの話を、シャーロットが真剣な顔で聞く。
そして、説明が終わると、マリアが申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい。私が迂闊だったわ。まさかイリーナが私を嵌めるために仲良くしてきただなんて、夢にも思わなくて」
シャーロットが、静かに首を横に振った。
「どうか謝らないで下さい。悪いのはイリーナですわ」
「……でも、嵌められたのは私の責任だから、出来ることなら、私が戻りたいとは思っているのだけど……」
マリアが目を伏せた。
あの状況は、言いたいことを我慢してしまう性格のシャーロットには、厳しい気がする。
できるのであれば、自分が戻ってケリを付けたいと思うが、果たして戻る体を選ぶことができるのだろうか。
悩むマリアを、シャーロットが感謝の目で見た。
「ありがとうございます。マリアさん。……でも、大丈夫ですわ。わたくしが戻ります」
「……」
心配そうなマリアに、シャーロットが微笑んだ。
「実は、わたくし、サラさんに相談したのです。『自分には、親に決められた不実な婚約者がいて、結婚させられそうになっている』と」
「そうなの?」
「はい」
シャーロットがクスクスと笑った。
彼女曰く、サラはとても同情したらしい。
「サラさんが、おっしゃってくれたのです。『まずは父親と話し合いな。それでも駄目だったら、うちに逃げておいで。あんたならいつでも大歓迎だよ』って」
さすがはサラ母さんだわ! と思いながら、マリアはシャーロットの手をとった。
「そうよ! その手があったわ!」
「……マリアさんも歓迎してくれる?」
やや不安そうなシャーロットに、マリアは勢いよくうなずいた。
「もちろんじゃない! 大歓迎よ!」
シャーロットは「ありがとう」と目を潤ませると、マリアの手を握り返した。
「だから、わたくしは大丈夫です。いざとなれば逃げる場所があるのだもの。言うべきことはしっかり言ってきますわ」
彼女の強い瞳を見て、マリアは思った。
ああ、この子は、きっともう大丈夫だ、と。
と、そのとき。
2人の体が、ふわりと浮かび上がった。
次の瞬間、左右の空から、
『マリア!』
『シャーロット!』
という声が降ってくる。
そして次の瞬間。
何か見えない手のようなものが、マリアの襟首を掴んで、グイッと右側――【マリア!】という声がする方向に引っ張った。
マリアの体が、ものすごい勢いで吹っ飛ぶ。
シャーロットも同様で、【シャーロット!】と呼ばれている方角に、後ろ向きに吹っ飛ばされている。
(私達、戻るのね)
すごい勢いで上空に飛ばされながら、マリアは遠ざかるシャーロットに向かって大声で叫んだ。
「シャーロット! がんばれ! 負けちゃだめよ!」
シャーロットが、飛ばされながらも、懸命に手を振る。
その様をながめながら、空に吸い込まれていくマリア。
――そして、気が付くと。
彼女は、ベンチの上で目を覚ました。
目に入ってくるのは、宿屋の小さな裏庭と、紅葉した木々、白くはためくシーツたち。
(戻って……きた?)
木の上で小鳥が鳴く声を聞きながら、ボーっとしていると、パタパタと軽い足音がして、視界にコレットの、にこにこ顔が入ってきた。
「おねえちゃん! 時間だよ!」
「そろそろ起きな、おやつの時間だよ」
サラが、笑顔で厨房の入り口から顔を出す。
(ああ、帰って来たのね)
マリアは、ゆっくりと体を起こした。
横にいるコレットのサラサラした髪の毛をなで、大きくなったね、とつぶやく。
そして、ベンチからゆっくりと立ち上がると、
不思議そうな顔をした2人に向かって、目を潤ませながら微笑んだ。
「……ただいま、サラ母さん。コレット。やっと帰ってこられたよ」




