12.シャーロット、がんばる
黄泉の川で、マリアと別れてから、しばらくして。
シャーロットは、人々のざわめきで目を覚ました。
(……戻ってきたのかしら)
俯いたまま、ゆっくりと目を開けると、視界に紫色のドレスと自分の手が入る。
裾に施されたレース飾りをながめながら、シャーロットは思った。
わたくし帰ってきたのだわ、と。
――と、そのとき、前方から男性の怒声が聞こえてきた。
「シャーロット・エイベル! 聞いているのか!」
顔を上げると、そこに立っていたのは、ダニエル王子とイリーナ。
2人の嗜虐的な表情を見て、シャーロットは思わず肩をビクリとさせた。
過去にされた酷い仕打ちや、投げつけられた暴言の記憶が、心の中に浮かんでくる。
以前だったら恐怖に埋め尽くされ、黙ることしかできなかっただろう状況だが、
彼女は必死に自分を鼓舞すると、はっきりと答えた。
「はい、聞いております」
ダニエル王子が気に食わなさそうに「ふん」と鼻を鳴らした。
「気分が悪いフリはおしまいか。見え透いた嘘はやめろ」
「ダニエル様あ、そんなに言ったらお姉様が可哀そうですう」
シャーロットは、心を落ち着かせようと、息を吐いた。
状況を正確に把握するために、軽く目をつぶって、自分の中にある過去の記憶を探ると、
そこにはマリアが、一生懸命がんばっている姿があった。
(マリアさん、本当に頑張っていてくれたのね……)
感謝の気持ちと共に、自分も頑張らなければという気持ちが、より一層強くなる。
(わたくし、負けない)
彼女は、決心したように目を開けると、ぐっと背筋を伸ばして、微笑みながら口を開いた。
「……恐れながら、1つ申し上げたいことがございます」
「ふん、なんだ」
嘲笑うように目を細めるダニエルと、いやらしく片方の口の端を持ち上げながら、馬鹿にしたような顔をするイリーナ。
(……不思議ね。前よりも怖くない)
自分を支えてくれているマリアと宿屋の家族に、心から感謝しながら、シャーロットが口を開いた。
「それでは申し上げます。――出鱈目を言うのはお止めください。いくら王族とはいえ、公衆の面前で公爵家の子女であるわたくしを嘘で陥れるような真似は許されません」
「……なっ!」
予想していなかった言葉に、ダニエルとイリーナが呆気にとられる。
生徒たちも、淑やかなシャーロットからは想像もつかないハッキリとした物言いに、ポカンとする。
シャーロットは「マリアさん、わたくし頑張るわ」とつぶやくと、ダニエル王子とイリーナを静かに見据えた。
「確認いたしますが、ダニエル様は、わたくしがイリーナをいじめ、先週階段から突き落とした、とおっしゃっているのですよね?」
「……そうだ!」
はっと我に返ったダニエルが、彼女を睨みつける。
シャーロットは、冷静に王子を見返した。
「それは、どなたの証言ですか?」
「イリーナ本人だ、他にも目撃者が複数いる!」
「それは確かですか?」
「くどいぞ! 証人もいる!」
シャーロットが冷めた顔で口を開いた。
「まあ、それは不思議ですわね」
「なに」
「わたくし、昨日までの10日間ずっと、リディアの街の教会におりましたのよ。教会の方に聞けば、間違いないと証言して下さるはずですわ」
そして、彼女は青くなっているイリーナに冷たい目を向けた。
「それに、わたくしがいじめを行ったとおっしゃっていましたが、証拠はあるのですか?」
「こ、この破られたハンカチですわ! ダニエル様から頂いたものですのよ!」
シャーロットは、イリーナが持っているハンカチをチラリと見た。
「確かに破れてはおりますが、わたくしが破ったという証拠はあるのですか?」
「イリーナの証言で十分だ!」
ダニエルが憎々しげに叫ぶ。
シャーロットは、「ひどいものね」とつぶやいた。
恐らく反論されないことを前提としているのだろうが、それにしても杜撰過ぎる。
彼女はため息をついた。
「申し訳ありませんが、お話になりませんわ。証拠と呼べるものが何もないではないですか」
「なんだと!」
「用意周到に目撃者を作っていたようですが、それ以外の詰めが甘すぎますわ。しかも公衆の面前でこんなことをするなど、愚かとしか言いようがありませんわ」
「お前! 不敬だぞ!」
動揺しながらも凄むダニエルを見ながら、シャーロットが静かに言った。
「それに、殿下はやりすぎましたわ」
彼女は、近くのテーブルに置いてあった、自分の飲みかけのグラスを手に取ると、イリーナを見据えた。
「随分と面白い薬が入っているようですわね。意識を失いかけましたわ。これには一体何が入っているのですか? イリーナ」
イリーナの顔色が一気に青ざめる。
それを見たカルロスが、バッと振り返って、鋭い目で観衆を見回すと、会場の奥を指差しながら大声で叫んだ。
「警備兵! そこの背の高いウエイターの男を逃がすな! 何かを持っているぞ! 酒を捨てさせるな!」
そして、真っ青な顔でシャーロットの持っているグラスを奪おうと飛び掛かってきたイリーナを、取り押さえた。
「はなしてよ! か弱い女性に何をするのよ!」
「か弱い女性は、人に飛び掛からない」
イリーナが暴れる横を、バーバラが「誰か呼んできます」と入り口に走っていく。
そしてほどなく会場に騎士服を着た複数の男性が到着し、
暴れるイリーナとウエイターの男を取り押さえて、事情を聞きながら調べ始める。
そして、ほどなくして。
騎士のリーダーと思われる男性が、呆然と佇むダニエルに一礼をした。
「殿下、ご同行願います」
「……なぜだ」
「参考人として、でございます。ウエイターの男のポケットから正体不明の小瓶が見つかりました」
「私は何も知らない、関係ない!」
顔を歪めて怒鳴るダニエルに、騎士が冷たく言った。
「申し訳ありませんが、これは決まりでございます」
真っ青な顔のダニエルが、暴れるイリーナを連れた騎士と共に会場を出ていく。
それを見送ったあと、騎士がシャーロットに済まなそうに頭を下げた。
「シャーロット・エイベル様、お手数ですが、ご同行願えますか」
「はい、もちろんですわ」
シャーロットが、穏やかにうなずく。
そして、後ろを振り向くと、心配そうな顔で立っていたカルロスに微笑んだ。
「ありがとうございます、カルロス様、わたくしは行きますわ」
「……ああ」
「本日は本当に助かりましたわ。バーバラ様が戻っていらっしゃったら、わたくしがお礼を言っていたとお伝えくださいませ」
「……ああ、分かった」
シャーロットが、失礼致します、とカーテシーをして立ち去っていく。
その後姿を、カルロスが、やや戸惑った顔で見つめていた。




