6.マリア、港町タナトスへ行く
旅は極めて順調だった。
2日目の夜に、バーバラが合流した。
「バーバラ! ごめんなさいね、急に出発を早めて」
「いえいえ、事情は察しましたから大丈夫ですよ。……シャーロットも大変ですね」
「……ありがとう」
そこから3日は、マリア、カルロス、バーバラの3人で1つの馬車に乗って旅を続けた。
会話をしながら、馬車の窓から見える紅葉を楽しんだり、カードゲームをしたり。
途中の街に寄って、買い物をすることもあった。
――そして出発して5日目の夕方。
オレンジ色の空の下、馬車は半島の入り口にある、このあたりの中心都市ラムズに到着した。
ラムズの領主館には、バーバラとそっくりの姉が住んでおり、
3人を温かく迎え入れてくれた。
そして、ガラス工房や、瓶詰工房を見学したり、関係者から話を聞くなど忙しく過ごし、
気が付けば、滞在予定12日のうち、8日が過ぎていた。
マリアは思った。
そろそろタナトスに行く話をしなければ、と。
カルロスとバーバラに、1人でフラッとタナトスに行こうと思っていると話をしたところ、「1人は危ない」と止められ、
滞在10日目にバーバラが親族のお茶会に出るので、
その時に、カルロスとお忍びの形で行くのが、最も自由がきいて良いのではないか、という話になった。
(本当は1人で行きたかったけど、確かにシャーロットのこの容姿だと1人は危ないわね)
――そして、滞在10日目。
早朝に朝食をとると、マリアはバーバラに別れを告げると、
平民の服に着替えて、カルロスと共に領主館をこっそり抜けだした。
ちなみに、カルロスは剣士風の格好だ。
護衛も兼ねるため、帯剣している。
2人は、人通りの多い大通りを歩き、馬車乗り場に向かった。
混雑した馬車乗り場の中を、カルロスに、もみくちゃにされないように保護されながら、タナトス行の馬車を見つけ、乗り込む。
そして、積んである荷物とカルロスの間に座ると、
マリアは、ホッと一息ついた。
(はあ、久々の人混みは疲れるわ。カルロスは大丈夫かしら)
自分は守ってもらったから良かったが、
守ってくれた方は大変だったのではないだろか。
「大丈夫?」と心配して見上げると、彼は楽しそうに微笑んだ。
「心配ない。俺は楽しんでいる」
「そうなの?」
「ああ、こういう旅は久々だからな。君は大丈夫なのか?」
「大丈夫よ、ありがとう」
ほどなく定員に達したのか、馬車が走り始める。
乗っているのは商人らしき男性や家族連れなど10名ほどで、皆楽しそうに会話をしている。
その様子を懐かしくながめながら、マリアの胸は高鳴った。
数時間もすれば、タナトスの街だ。
(ああ、早く帰りたい)
そう思う反面、マリアは複雑な気持ちになった。
もしも元に戻ったら、もう2度とバーバラにも会えないし、カルロスともお別れだ。
そうなった時のことを考えて、今朝バーバラには「どうしたんです?」と、怪訝な顔をされながらも、念入りに別れを告げたが……。
(カルロスは……、どうしよう)
マリアは、ちらりと隣に座るカルロスを見た。
彼は、2人に話かけてきた老婆に対応してくれており、丁寧に受け答えをしている。
(本当にいい人だよね。平民のおばあさんに、こんなに丁寧に受け答えするなんて、学園の他の貴族じゃありえない)
彼女は軽く息を吐いた。
胸の奥から、別れを告げたくないという気持ちが噴き出してくる。
(でも、まあ、仕方ないよね)
こんなことがなければ、知り合う縁もなかった人だ。
考えてもしょうがない。
(それに、戻れるとも限らないし、あまり深く考えるのは、やめた方がいいわね)
そんなことを考えるマリアを乗せて、馬車は海岸沿いの街道を進んでいく。
――そして、約3時間後。
馬車は、タナトスの街の入り口に到着した。
(着いた!)
急く気を押さえ、カルロスの手を借りて馬車から降りると、そこには懐かしい景色が広がっていた。
(ああ、この風景がずっと見たかった)
マリアは目を潤ませて、街をながめた。
街の入り口から海まで緩い坂になっており、オレンジ色の瓦屋根が並んでいる奥に、青い海が見える。
カルロスが、まぶしそうに目を細めた。
「いい所だな」
「……ええ、ずっと来たかったの」
「どこか行きたいところあるのか?」
そう問われ、マリアは考え込んだ。
計画では、宿ふくろう亭に行って『久々に会う友人』であるシャーロットと会うつもりだ。
そして、何か理由をつけて部屋に上がり、魔力循環を試す。
もしも元に戻れれば、それぞれ自分の居場所に戻り、
戻らなければ、2人で次の相談をするつもりだ。
(でも、何となくだけど、上手くいく気がするわ)
この街に来て、何となくだが、自分の魂が何かにひっぱられるような感覚がある。
期待し過ぎてはいけないが、元に戻れるのではないだろうか。
「どうした、大丈夫か?」
黙り込むマリアに、カルロスが気遣うように声を掛ける。
彼女は思考を振り払うと、彼ににっこり微笑んだ。
「じゃあ、まずはあそこの船着き場に行ってみない? きっと綺麗だわ」
宿まで少し遠周りになるが、お気に入りの場所をカルロスに見てもらって、
それから宿に向かおう。
2人は並んで、白い石畳の道の上をゆっくり歩き始めた。
途中で、マリアが好んでよく食べたホットドッグの店に寄るなど、楽しく食べ歩きしながら進む。
カルロスが不思議そうな顔をした。
「来るときも思ったが、シャーロットはこういったことに意外と慣れているのだな」
「そう? 見様見真似よ」
そんな会話をしながら、船着き場に到着すると、
カルロスが目を細めた。
「綺麗なところだな」
「ええ、そうね」
船着き場の前の広場には、可愛らしいレンガ造りの倉庫が並んでおり、その奥には赤や黄色に美しく紅葉した山々が見える。
その横に広がるのは、どこまでも続く青い海。
カルロスが、並んでいるベンチの1つにマリアを座らせた。
「座っていてくれ。あそこで飲み物を買ってくる」
指を差す方向を見ると、食べ物の屋台が出ており、人が並んでいる。
カルロスに「ありがとう」とお礼を言って見送ると、
マリアは、軽く息を吐いた。
大好きな場所に戻ってこられたことに、安心感を覚える。
海をながめながら考えるのは、自分の体の中に入っているシャーロットのこと。
(……あの子、戻って大丈夫かしら)
なるべくシャーロットの負担を減らそうと、がんばってきた。
勉強も生徒会もできる限り努力したし、
カルロスとバーバラ以外の人間と、あまり交流を取らないように気を付けてきた。
引っ越しもしたし、ダニエル王子から仕事も断ったし、
以前のような、追い詰められて死を望むような環境ではないと思う。
(でも、これって、私が作った環境なのよね)
果たして、彼女に同じ環境が維持できるだろうか。
また元通りになって、大変な生活を送る羽目になってしまわないだろうか。
心配になるものの、彼女は首をブンブンと横に振った。
(私が心配しても仕方がないことだわ。彼女の人生は、彼女のものなのだから)
どんな環境であろうとも、自分のことは自分で守るしかない。
マリアがそんなことを考えながら、ボーっと海をながめていた、そのとき。
「おねえちゃん!」
不意に、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「待ちな、コレット! そんなに走ったら転んじまうよ!」
続いて聞こえてくる、懐かしい声。
目を見開いて振り向くと、女の子が元気よく走っていく姿が見えた。
その後ろを、中年の女性が、汗を拭きながら追いかけている。
(コレット! サラ!)
そして、その走っていく先を見て、マリアは思わず立ち上がった。
そこにいたのは、紺色がかった髪に紫色の瞳をした自分の元の姿・宿屋の娘マリアであった。




