5.マリア、旅立つ
父に呼び出された翌日、午前中。
マリアは、ララをはじめとする家の使用人たちに、別れを告げていた。
「3週間くらいで帰ってくるわ」
「行っていらっしゃいませ、お嬢様」
「お気を付けて。お帰りお待ちしております」
もしかすると、もう会うことがないかもしれないと
ララに「ありがとう」と抱きつくと、使用人たちそれぞれに挨拶をする。
そして、「行ってくるわね」とにっこり笑うと、
門の外で待っていたカルロスに手伝ってもらって、辺境伯家の馬車に乗り込んだ。
馬に乗った護衛2人に守られながら、馬車が走り出す。
マリアは、家と使用人たちが見えなくなるまで手を振ると、
斜め前に座るカルロスに、感謝の目を向けた。
「急な出発の変更、ありがとう」
「いや、2日前倒しにするくらい、天候によっては十分ありうる話だ。大したことはない」
ちなみに、バーバラには事情を既に伝えており、
1日遅れて出発する彼女と、途中で合流することになっている。
馬車は貴族街を抜け、王都の城門の前に止まる。
門番が許可証を確認すると、門を開けて、敬礼をした。
「どうぞお通り下さい。良い旅を」
そして、馬車が王都を出て、しばらくして、
マリアは、ほうっと息を吐くと、にんまり笑った。
(良かった、これで一安心ね)
父が何かしようにも、不在であれば何もできない。
視察旅行に行って、方々に挨拶するなどして、さっさと外堀を埋めてしまおう。
してやったりと、ほくそえむマリアを見て、カルロスが苦笑した。
「悪い顔だな」
「そんなことはありませんわ。父に比べたら、ひよっこですもの」
「……比べる対象が間違っていないか?」
マリアはそっとカルロスを見た。
(また助けてもらってしまったわね)
魔法の時といい、今回といい、彼には感謝しかない。
彼女の視線の先で、カルロスが考え事をしているような表情で、窓の外をながめている。
その端整な横顔をながめながら、マリアは密かにため息をついた。
元に戻ったら、この人にはもう会えないのね、と。
シャーロットの体に入って半年強。
家や学園で、様々な知り合いができた。
特に家の使用人の人たちと、バーバラ、カルロスには本当に良くしてもらったし、もう会えないと思うと悲しい気持ちになる。
そして、今日。
彼女は、その中でも、カルロスに対する感情が、他と違うことに気が付いた。
(もう会えないと思うと、すごく切ない感じがする)
胸がキュッと苦しくなる、そんな感じだ。
理由は明白だが、マリアはそれを深く考えないことにした。
(……考えても仕方ないものね)
元に戻れば、マリアは田舎の宿屋の娘で、カルロスは上位貴族の子息だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
(まあ、そういう縁だったってことよね)
そんなことを考えながら、マリアがボーっと見ていると、
その視線に気が付いたのか、カルロスが彼女を見た。
(……っ!)
慌てて目をそらすと、彼が心配そうな顔をした。
「どうした?」
「え、ええっと、お世話になったなあと思って」
誤魔化すようにそう言うと、マリアが「そういえば」と尋ねた。
「カルロス、何か悩みはないかしら?」
カルロスがポカンとした顔をした。
「……なぜそんなことを聞くんだ?」
「昨日、たくさん聞いてもらって楽になったから、もしも悩みがあるなら、私も聞こうと思って」
「してもらって嬉しかったことを返そうと思って」と言うマリアに、カルロスが「それはまあ嬉しいが」と苦笑する。
そして、彼はしばし逡巡すると、ゆっくりと口を開いた。
「しかし、急に悩みと言われてもな」
「何かないの?」
「そうだな……、最近剣技が上手く出せないことには悩んでいるな」
マリアは微妙な顔をした。
剣の悩みは聞いても分からないし、答えられない。
「他にないの?」
「他……、例えば何だ?」
「そうねえ、例えば恋の悩みとか。まあ、あなたには無縁そうだけど」
彼が首をかしげた。
「なぜ無縁そうなんだ?」
「だって、カルロスってモテるでしょう?」
学園内にも彼のファンは多く、ファンクラブ的なものがあると聞く。
女性など、きっと選び放題だろう。
カルロスが苦笑した。
「モテるのと悩みがないのは、関係ないだろう」
「確かにそうだけど。そもそもカルロスは好きな人はいるの?」
彼は、目をそらすと、首を横に振った。
「……いや、いない」
そうなのね、と言いつつ、マリアは内心胸を撫でおろした。
ここでいるなんて言われたら、ちょっと落ち込んでしまったかもしれない。
そんなマリアを見て、カルロスが、ふっと笑った。
「では、俺から質問していいか?」
「え、はい、どうぞ」
「最近どうして紫の服が増えたんだ?」
「よく見ているわね。理由は……」
当り障りのない話題に花を咲かせる2人。
――その後、馬車はゆっくりと進み続け、
翌日、予定通りバーバラと合流した。




