3.マリア、父から呼び出される
父からの呼び出しを受けたマリアは、ララに手伝ってもらって着替え始めた。
ここに来て6カ月間で、初の呼び出し。しかも夜の9時。
どう考えても只事ではない。
(一体何の用なのかしら……?)
色々考えてみるものの、心当たりがまるでない。
ぱっと思いつくのが、明後日からの視察旅行だが、それについてはかなり前から話がいっているハズだから、今更どうこう言われるとは思えない。
(……まさか、中身がシャーロットじゃないってバレた?)
いやそれはないだろうと思いながらも、心臓が嫌な音を立て始める。
そして、使者が来た30分後。
マリアは自分の屋敷の馬車に乗って公爵邸に向かった。
迎えに来た馬車に乗っても良かったのだが、いざという時に逃げ出す手段がないと困ると思ったからだ。
(用件が分からないって嫌なものね……)
不安な気持ちのマリアを乗せて、馬車が暗い貴族街を走り抜ける。
そして、公爵邸に到着すると、待っていた執事に、本だらけの豪華な執務室に案内された。
「シャーロット様がお見えになりました」
執務机の前で仕事をしていた公爵が顔を上げる。
マリアをチラリと見ると、座れと言う風に机の前の椅子に指を差した。
(怒っては……いない気がするわ)
そう思いながら、マリアが椅子に腰を下ろす。
彼はペンを置いて両肘を机につくと、マリアをジッと見据えた。
「なぜ呼ばれたか、分かっているか?」
「……いえ、分かりません」
やや緊張しながら答えると、公爵が目を細めた。
「……今日、ダニエル殿下が私の執務室に来て、お前について話をしていった」
マリアは、予想外の話に目をぱちくりさせた。
まさか中身が変わったことがバレたのでは、と戦々恐々していたのだが、どうやら全く別の話だったようだ。
公爵は、マリアの反応など意にも介さず、淡々と話を続けた。
「殿下は随分とお前に不満を持っていたようだな。お前に価値を感じることがなくなったと嘆いておられた。
だが、色々思うところがあるようでな。事の次第では、今までのことは水に流してもいいとおっしゃっていた」
「……そうですか」
話の意図が読めず、戸惑いながら曖昧に相槌を打つマリアに、公爵が平坦な声で言った。
「殿下は、お前がリーダーになってやっている卒業研究は、婚約者である自分がリーダーを務めるべきだとお考えだそうだ。
それと、国の為を思うならば、明後日からの視察旅行は取りやめて、もっと戦略的な場所を視察するべきだと思っておられる」
「……は?」
マリアは混乱した。
何を言われているのかさっぱり理解できない。
そんな彼女に、公爵は業務的に言った。
「それと、今までのことは不問にしていただけるそうだ。卒業研究の件と、これからの仕事ぶりで、お前の価値を評価して頂けるとのことだ」
マリアはようやく理解した。
つまりこれは、今やっている卒業研究を横取りさせろってことじゃないか!
しかも、王宮の仕事を押し付けるつもりときている。
(あの王子様、本当に最低だ)
沸々と怒りがこみ上げる一方で、彼女は疑問になった。
父親は一体どういうつもりで、この話を自分に聞かせているのだろうか。
幾ら無関心な父親でも、もう既に研修旅行の話が中止できないほど進んでいるのは知っているはずだ。
しかも、彼も、国王陛下と王妃様が「王宮の仕事と卒業研究は王子本人にやらせよ」と命令した現場に居合わせている。
手伝うことが問題になることも承知しているはずだ。
(もしかして、自分が責任を取るから、殿下の言う通りにしろっていうこと?)
マリアがそう問うと、公爵はため息をついた。
「私は、殿下が価値を示せとおっしゃるのであれば、お前は価値を示すべきだと思っているだけだ」
意味が分からないと、マリアは首をかしげた。
「でも、これから研修旅行を中止するのは多方面に迷惑がかかりますし、一緒にチームを組んでいる2人の問題もあります。国王陛下からのご命令の件もあります。お父様は、これらについてどうお考えなのですか?」
マリアの当然の質問に、公爵が低い声で答えた。
「私は、そういったことも含めて、うまくやるのがお前の仕事だと思っている」
「……でも」
戸惑うマリアに、公爵は表情1つ変えず、冷たく言い放った。
「聞こえないのか。私は『うまくやれ』と言っている」
公爵の冷たい表情と言葉を聞いて、マリアは理解した。
この人は、ダニエルと同類なのだ、と。
「うまくやれ」と圧力をかけ、いざ何か困ったことがあっても、
「娘が独断でやったこと」とでも言って、娘の責任にするつもりだ。
マリアは押し黙った。
よく分からない感情がこみ上げてくる。
気が付くと、彼女は口を開いていた。
「……お父様、なぜシャーロット、つまり私が殿下の婚約者なのですか? 家と家の婚姻であれば、イリーナの方が適していると思うのですが」
ずっと思っていたことだ。
家同士の結婚であれば、イリーナで良いではないか。
父親は目をすっと細めた。
「イリーナでは、エイベル家に利をもたらせない」
「……では、お父様は、ダニエル殿下と私が結婚して幸せになれると、本当に思っているのですか?」
「私にとって価値があるのは、お前の幸せではない。エイベル家が如何に栄えるか、だ」
そのへんの石でも見るような目を見て、マリアは悟った。
この人は、本当にシャーロットのことなどどうでも良いのだなと。
多分、ダニエルの件も、王様が絡んでいるから、下手なことは言えないが、
強めに言って圧力をかければ、真面目で責任感の強いシャーロットのことだから、言うことを聞いて何とかするだろう、くらいに思っているのだろう。
そして、事実、真面目なシャーロットは周囲のこういった態度に追い詰められ、自ら死を望むほどになるまで追い込まれた。
(……最低だ、この人)
ブチッと何かが心の中で切れる音がする。
マリアは、心の中で公爵令嬢の仮面を投げ捨てると、ため息をつきながら、口を開いた。
「……そうですか。まあ、仕方がないですよね。子どもというのは、不幸にも親を選べませんから」
公爵が眉を顰めた。
「なんだ、その口のききかたは」
「どうだっていいじゃないですか。あなたは娘になんて、これっぽっちも興味ないんだから、言葉とかそんなの、どうだっていいでしょ」
公爵が無言でマリアを鋭く睨む。
彼女は、そんな公爵を無視すると、肩をすくめた。
「まあ、でも、もしも親を選べるなら、私は絶対にあなたを選ばないでしょうね。選んだ瞬間不幸になるのは、もう分かっていますから」
彼女はガタンと立ち上がった。
軽く礼をすると、ドアに向かって歩いて行く。
公爵が鋭い声を上げた。
「どこへ行く」
「話は済んだようですので帰ります」
「分かっているんだろうな」
彼女は振り返ると、にっこりと笑った。
「ええ、もちろん。お父様は自分で考えろとおっしゃいましたので、そうしようと思っています」
公爵が、愉快そうに笑った。
「ふん、まあいい。子を教育するのも親の務めだからな」
「そうですか、では、私はこれで」
彼女は笑顔を貼り付けたまま、「ごきげんよう」と言うと、馬鹿にしたような顔で笑う父親を残して部屋を出た。
おどおどした使用人たちが遅いから泊まっていくようにと勧めて来たが、
「明日早いので、帰ります」
と笑顔で返す。
そして、彼女は固い表情で馬車に乗り込むと、月のない夜空の下、自宅へと帰っていった。




