2.マリア、視察旅行の準備をする
3人の卒業研究は、静かにスタートした。
学園に研究テーマ『瓶詰食品の可能性』を提出したところ、
やや難色を示されたものの、とりあえず通った。
審査に加わった教師の1人曰く、
「学年の成績優秀者3人が集まっているのだから、もっと有用な研究ができるのではないか」
という話になったものの、
「学生なのだから自由を尊重すべきでは」
ということになり、半ば渋々OKが出たようだ。
ちなみに、卒業研究では、絵画や文学、音楽などの芸術分野が良しとされるらしく、ほとんどの生徒のテーマがこのうちのどれかに該当するらしい。
そんな中、3人のテーマは異色を放っているようで、
お陰で、学園でばったり会った、ダニエル王子とイリーナに
「お義姉様、聞きましたわ。食品を研究するそうですねえ」
「ふん、お前らしく実に下品だ」
「お義姉様ってセンスがありませんのねえ」
「イリーナの言う通り、センスも気品も欠けている。全く恥ずかしい奴だ。恥を知れ」
「ダニエル様あ、センスのない方にセンスがないって言っても分かりませんわあ」
などと散々嫌味を言われた上、ことあるごとに
「魚を丸ごと瓶に突っ込んでいるらしいな」「お義姉様にはお似合いですわ」
などと馬鹿にされるようになった。
その現場をたまたま見たカルロスが、止めてくれようとしたが、
マリアは黙って首を横に振った。
この半年で、この2人については何を言っても無駄だということは、よく分かっている。
関わらなくて済むものなら、関わらない方がいい。
ちなみに、各家に関してはかなり好評だった。
マリアの家であるエイベル公爵家では、父親は相変わらず無反応だったが、
兄が「へえ、それは面白いね」と言ってくれ、研究費の捻出と、3人分の王都を離れる許可証を取ってくれた。
(お兄様って、何を考えているか分からないし、お腹の中は真っ黒だけど、認めるところは認めてくれるわよね)
カルロスの実家である辺境伯は、「これはいけるかも」と思ったらしく、
視察旅行の金銭的な負担を全てしてくれることになった。
護衛や馬車なども出してくれるらしい。
バーバラの家は、特に姉の嫁ぎ先が非常に喜んだらしく、
行く道中の宿泊や見学の段取りなど、視察全般のコーディネートをしてくれるらしい。
2学期から授業も少なくなったことから、
3人は頻繁に集まって、あれやこれやと話し合ったり、実際に瓶詰を作ってみたりするなど、着々と準備が進んでいく。
そして、視察旅行まであと3日と迫った秋の午後。
3人は、研修旅行最後の打ち合わせをするべく、学園の裏庭の、紅葉した木々に囲まれた東屋に集まっていた。
カルロスが地図を出して、丸印を指差した。
「この〇印が、バーバラの姉上に手配していただいた宿だ。そして、この黒い線が今回のルートだ」
バーバラが眼鏡を上げた。
「なるほど、南を迂回するルートを通るのですね」
「ああ、北は稀ではあるが雪が降る可能性があるらしい。安全を見て、多少遠いが南を選択した」
友人2人の話を聞きながら、マリアの胸は高鳴った。
(ようやくタナトスに帰れるわ!)
あの陽気でゴチャゴチャしたタナトスの街と、宿ふくろう亭を見られると思うだけで涙が出そうだ。
(もう半年以上も見ていないものね。みんな元気かな。早く会いたい)
そんなことを考えるマリアに、バーバラが話しかけた。
「そういえば、特許の件はどうなりましたか?」
「え、ええ。先週、先生と特許庁に行ってきたわ。色々聞かれたけど、多分受理されるだろうとおっしゃっていたわ」
実は、瓶詰を実際に作ってみた過程で、3人はとある発見をしていた。
「水属性の水や聖属性の衛生魔法を使うと、瓶詰の中の保存状態が劇的に良くなる」
これについて魔法教師に相談したところ、もしかすると大発見かもしれないと特許取得を勧められたのだ。
カルロスが口角を上げた。
「魔法庁にいる兄の友人に聞いたのだが、新たな魔法の可能性じゃないかと話題になっているらしい」
「予期せぬ幸運でしたね」
その後、細々した打ち合わせを終わらせ、マリアは東屋を出た。
2人と別れ、自身の馬車に乗り込んで自宅に帰る。
自室に戻って着替えを済ませると、早くも準備してある荷物をチェックし始めた。
「コレットへの髪飾りと、サラへのスカーフ、ディックには折り畳めるナイフで、これは……」
そして、全てのチェックを済ませると、ベッドに倒れ込んだ。
(いよいよね……)
実際に元の体に戻れるかは分からない。
でも、もしも戻れたなら、この部屋もあと3日だ。
(もしかすると失敗するかもしれないし、あまり期待し過ぎたらダメよね)
でも、最後かもしれないと思うと感慨深いものがある。
(最初はびっくりしたけど、案外貴族生活も楽しかったわ)
義母、イリーナ、ダニエルなど嫌な人たちもいっぱいいたが、
友人もできたし、家にいる使用人の人たちも好きだった。
学園も勉強も楽しかった。
ちょっとだけ気になる人もできた。
(……元に戻ったら、夢のようだったと思うかもしれないわね)
そんなことを思いながら、彼女は机に向かった。
今までのことをシャーロットに伝えるべく、簡単な日記風の文章を書く。
そして、暗くなってから夕食を終え、いよいよ明後日出発だと眠りに就こうとした、そのとき。
コンコンコン。
ノックの音と共に、ドアが開けられ、ララが顔をのぞかせた。
顔が心なしか少し硬い。
「こんな時間に、どうしたの?」
不思議になって問うと、ララがごくりと唾を飲み込んで口を開いた。
「あの。本邸から使いの方がきまして、公爵様がお呼びだそうです」
それは、予想外の父からの呼び出しだった。




