1.マリア、旅に出ることにする
高い空が秋の訪れを感じさせる、夏休み明けの初日、学園にて。
午後の授業が終わってすぐ、マリアは教室を出ると、生徒会室に向かった。
階段を急いで上がり、廊下を早足で進んでいく。
そして、生徒会室の扉を開き、
「こんにちは、お久し振りです」
「そんなに急いでどうしたんだ?」
と声を掛けてきた、カルロスとバーバラに
「お久し振りです」と手早く挨拶すると、2人の目の前に、バサリと地図を広げた。
「……これは?」
「どうしたんです?」
2人が目をぱちくりさせる。
マリアは、首をかしげる2人に対し、「相談があるの」と言うと、
港町タナトスのある半島を指差した。
「ここに行きたいのだけど、何か良い方法はないかしら」
*
夏休みが終わる5日前。
マリアは、自室で思わず大声を上げた。
「見つけた! これだわ!」
彼女が見つけたのは、40年前のとある研究者の書いた本。
そこには、同じ馬車に乗って事故にあった2人の少女の中身が入れ替わった話が書いてあった。
病院で気が付いた2人は、
『川のほとりで出会って、呼ばれたのと逆の方向に引っ張られて体が入れ替わった』
と主張したらしい。
そして、本の最後には、こう書かれていた。
『お互いに手を握って魔力循環をさせたところ、元に戻った』
マリアは、思わずグッと拳を握り締めた。
自分とシャーロットの話にそっくりではないか!
「これよ! 絶対にこれだわ!」
彼女は浮足立った。
そうと決まればタナトスに行くだけだ。
タナトスでシャーロットに会って、元に戻ろう!
「良かった……やっと戻れる……」
体が入れ替わって約半年。
ララやバーバラ、カルロスなど仲の良い友人もできた。
勉強も意外と面白いし、何だかんだ楽しくやってはいる。
でも、やはり元に戻りたい。
「みんな元気かな。早く会いたいな。おみやげいっぱい買っていかないと」
そして、どうやって行こうかと調べ始め、彼女は難問にぶち当たった。
「貴族は理由なく王都を離れてはいけないのね……」
図書館で親しくなった司書のお姉さんにさりげなく尋ねたところ、
王都に住む貴族が王都を離れるのは難しいらしい。
彼女曰く、簡単に戻れるとすると、自領に帰るか、何か正当な用事があって行くかのどちらかで、ただの旅行となると数カ月前から申請が必要らしい。
(困った、タナトスに行く正当な理由なんて思いつかない)
彼女は落胆した。
せっかく戻れるかもしれない方法を見つけたのに、試せないなんて!
それでも何とかならないかと考えた末、
「そうだ! バーバラとカルロスに相談してみよう!」
友人たちを頼ることを思いつき、
朝は朝会があるため我慢し、授業終了後すぐに生徒会室に飛び込んだ、という次第だ。
*
突然マリアから
「ここに行きたいのだけど、何か良い方法はないかしら」
と地図を見せられたカルロスとバーバラは、目をぱちくりさせた。
バーバラが眼鏡をクイッと上げた。
「ええっと、なぜここに行きたいのですか? 私の記憶では、ここには特に何もなかったと思うですが」
「夏休み中に『南半島の夕べ』という本を読んで、行きたいと思ったの」
マリアが考えておいた理由を言うと、バーバラが「あの本ですか」とうなずいた。
「確かに、姉があの領地に嫁ぐときに、私も読みましたが、良い本ですね」
「バーバラは行ったことがあるの?」
「いえ、手紙だけで、行ってみたいとは思っていました」
マリアは内心「おお」と思った。
思わぬところで心強い仲間ができた。
カルロスが考えるように地図をながめながら、口を開いた。
「この場所だと、馬車で1週間というところか。在学中に行くとなると、卒業研究と絡めるのが現実的な気がするな」
卒業研究とは、学園3年生が、2学期から3学期にかけて取り組む研究のことだ。
研究テーマは「王国の発展に寄与する」ことであれば自由で、
1人で何か調べてもいいし、グループを作って共同研究してもいいらしい。
「私の兄は、友人何人かと辺境伯領に来て、辺境の地で作られた詩を調べて論文にしていたし、他にもそういった話を聞く。恐らくだが、卒業研究という名目ならば、比較的簡単に王都を出られるのではないかと思う」
なるほどとマリアはうなずいた。
卒業研究のためならば学校を休んでも問題ないと聞くから、これは非常に良い方法な気がする。
「つまり、この半島に何か研究すべきものがあればいいのね」
「ああ、そうなる」
すると、黙って聞いていたバーバラが口を開いた。
「……夏休みに、姉が王都に来まして、面白い物を持ってきました」
「面白いもの?」
「はい、瓶に入った魚です。姉の話では保存食だそうです」
カルロスが、「瓶に入った魚?」と訝しげな表情をする。
マリアはすぐにピンときた。
もしかして、食料品屋に置いてあったアレじゃないだろうか。
彼女はペンを取ると、傍にあった紙に、小魚が入っている封がされた瓶の絵を描いた。
「こんな感じではなくて?」
「そうです。よく知っていますね」
バーバラによると、この瓶詰は領主館の料理長が考案したものらしく、
1年位以上味が変わらず保存できるため、日持ちしない魚介類を他領に売るチャンスだと期待されたが、思うように広がっていないらしい。
まあ確かにね、とマリアは思った。
食料品屋で売っているのを見た時、こんなの一体誰が買うんだろうと思った記憶がある。
(変色して目の白い魚が、濁った水に浮いていて、何か気持ちが悪かったのよね)
すると、カルロスが興味深そうに口を開いた。
「確かに魚だと受けが良くなさそうだが、果物なら悪くないんじゃないか」
バーバラがうなずいた。
「ええ、実は私も同じことを思いまして。カルロスのところも、日持ちしない特産品を抱えているなと」
「ああ、もしもこれで日持ちしない果物を、腐る心配なく出荷できるようになれば、間違いなく領地は潤う」
なるほどとマリアがうなずいた。
「そうね。野菜のピクルスなんて入れたら、彩りも良くて受けそうな気がするわ」
カルロスとバーバラが「おお」という顔でマリアを見た。
「それはいいな。可能性を感じる」
「魚という拘りを捨てれば色々考えられそうですね」
3人は真面目な顔で相談し始めた。
庶民の食べ物、というところが難色を示される可能性もあるが、実用的だし、成功すればお金にもなりそうだし、これは良い研究テーマなのではと話し合う。
何と言っても、半島に行くという名目が立つのは素晴らしい。
カルロスが口を開いた。
「では、卒業研究は我々3人でチームを組むということで、どうだろうか」
バーバラが眼鏡を上げながらうなずいた。
「ええ、賛成です。面白くなりそうです」
「私も賛成ですわ!」
マリアが声を弾ませた。
(これで何とかタナトスに行けそう!)
その後、3人は話し合いをし、まずは研究テーマを学園側に提出してみることで話がまとまった。




