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【コミカライズ開始!】宿屋の看板娘、公爵令嬢と入れかわる ※Web版  作者: 優木凛々
第2章 宿屋の看板娘、公爵令嬢のフリをがんばる

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【Another Side】シャーロット、気が付いてしまう

 

 シャーロットが、宿屋の娘マリアの体の中に入って、5カ月目。


 小鳥の声が聞こえ始める頃、

 シャーロットは宿屋の2階にある部屋で目を覚ました。


 ベッドから起き上がって、服を着替えると、慣れた手つきで身支度を整える。

 そして、部屋を出て階段を下りると、まっすぐ1階の厨房に向かった。


 厨房は既に明かりがついており、ディックが下ごしらえをしている。

 シャーロットは元気に声をかけた。



「おはようございます」

「おう、おはようさん」



 笑顔で挨拶を交わすと、すぐに洗い場に置いてある籠に入ったニンジンの皮を剥き始める。



「今日は何ですか?」

「ニンジンサラダとオニオンスープだ。昨日市場でニンジンが安かったんだ」



 市場の様子などの話をしながら、それぞれの作業を進めていく。

 そして、サラダとスープが出来上がると、サラが現れた。



「今日もありがとね。コレットのこと頼めるかい?」

「はい」



 いつも通り、2階に寝ているコレットを起こして身支度を手伝い、

 厨房のテーブルで朝食を済ませる。


 その後、シャーロットは2階のプライベートスペースにコレットを連れていくと、彼女を膝に乗せて絵本を見ながら、文字の読み方を教え始めた。


 コレットが得意げに、文字を指差した。



「あたし、これよめる! くま、でしょ?」

「ええ、そうよ。じゃあ、これは?」

「ええっと……、りす?」

「正解よ」

「わーい!」



 絵本を読み終わると、海岸で拾ってきた小さな貝殻を使って簡単な算数を教える。


 そして、頃合いを見て下に降りていくと、最後の客が、サラに見送られながら出ていったところだった。



「お客様、全員帰られたのですね」

「ああ、じゃあ頼めるかい」

「はい、もちろんです」



 シャーロットは、受付の奥の金庫を開いて、お金と帳簿を出すと、

 お金を数えながら、宿泊人数などを帳簿に書き込み始めた。


 その様子を、サラが感心したように覗き込んだ。



「この帳簿は便利だねえ、書き込みさえすれば、簡単に計算できちまう」



 ちなみに、シャーロットが導入したのは、学園の生徒会で会計を行う際に使っていた形式フォーマットだ。

 今までメモのような帳簿を付けていた宿屋にとって、超画期的なものだったらしい。



「ありがとうね、あんたはすごいねえ」

「いえ、もともとあったものを持ってきただけです」



 サラに褒められ、シャーロットが照れながら返事をする。

 帳簿を付け終わって計算を済ませると、掃除を手伝い始めた。



「コレットもてつだう!」

「ありがとう」



 コレットに物をどかすなど手伝ってもらいながら、1階をほうきではき、モップをかける。


 そして、昼食に、ディックの作ってくれた美味しいフレンチトーストを頂き、片付けが終わると、彼女はサラに声を掛けた。



「わたくし、調べ物をしてきますわ」

「ああ、分かった、頼んだよ」



 シャーロットは、洗い場でよく手を洗うと、てぬぐいで丁寧に水気を切った。

 2階の自室に上がると、クローゼットの奥から、丁寧に布に包まれた分厚い本を取り出した。


 本のタイトルは『精神と魔法における考察』だ。


 馬車で3時間ほどのところにある、このあたりの中心都市ラムズの大図書館で借りてきた専門書だ。


 借りるためには、宿の稼ぎ半年分を保証金として支払わねばならなかったのだが、

 ディックが「2人のためだ」と思い切って出してくれた。


 絶対に失くせないし汚せないので、普段はクローゼットの奥に入れておいて、読むときは必ず手を洗って触っている。


 シャーロットはベッドの上に座ると、本を丁寧に開いて読み始めた。



(恐らくだけど、精神と魔法の関係が、戻る手掛かりになるはずだわ)



 そう思い始めたのは、約2カ月前。

 うっかり包丁で指を切ってしまったときのこと。


 シャーロットは、自分がマリアの体に入っていることを忘れ、慌てて治癒魔法を使った。

 使った瞬間「魔法を使えないのを忘れていたわ」と思ったのだが……



「……え?」



 指先がほんの少しだけ温かくなったのだ。



(マリアさんは、魔法が使えないのでは……?)



 色々試した結果、魔法が使えるという訳ではないようだが、魔力回路が閉じている状態だということは分かった。



(開いてみたらどうかしら)



 そして、中庭のベンチに腰掛けて、小さい頃に行った魔力回路を開く訓練を行ったところ、



「……まさか!」



 何と、彼女は黄泉の国に立っていた。

 その後、寝ているのを見つけたコレットに呼ばれて元に戻ったものの、この体験はシャーロットに、とある可能性を気が付かせた。



(もしかして、魔力回路を開く訓練をすれば、黄泉の川に行くことができて、そこでマリアさんと会うことができれば、元に戻れるのでは?)



 そこでシャーロットは、ディックに頼んで隣町の図書館に出向き、

 関係すると思われる専門書を借りて来た、という次第だ。


 黄泉の川に行くのは危険が伴う。

 マリアには、戻れる確証が得られてから手紙を書くつもりだ。



 ――そして、読み込むこと数時間。

 ふと顔を上げると、外は既に夕方の気配が漂い始めていた。


 窓の外に見える、ややオレンジ色にキラキラと輝く海を見て

「綺麗だわ」とつぶやくシャーロット。


 タナトスに来て初めて海というものを見たが、

 こんなに雄大で美しいものだとは思わなかった。


 街には明かりが灯り始め、どこからか夕食を作っているらしい良い香りが漂ってくる。

 家に帰る途中の子どもたちのにぎやかな声を聞きながら、シャーロットが独り言ちた。



「……いいところだわ」



 そして思った。

 わたくしは、元に戻ったら一体どうするのかしら。と。


 以前のシャーロットは、家族や婚約者に愛されようと必死だった。

 気に入られようと頑張り、それが出来ずに絶望した。

 愛されない自分のような人間など生きている意味がないと。


 でも、ここに来て。

「ありがとう」と感謝される喜びを知った。

 サラとディックから子ども《コレット》に対する、惜しみない無償の愛情というものを知った。

 そして、それと同類の愛情が3人から自分に注がれ、精一杯それを返そうと必死になっているうちに、彼女は、疑問を持つようになった。


 あの人たちは、自分を愛す気など、なかったのではないだろうか。

 彼ら(公爵家の人々)に愛を求めたこと自体、間違っていたのではないだろうか。



「……っ」



 シャーロットは苦しくなって胸を押さえた。

 考えるだけで、心臓が早鐘のように打ち始める。


 しかし、彼女は顔を上げると、考えを振り払うように首を横に振った。



(考えても仕方ないことだわ、わたくしは公爵家に生まれてしまったのだから)



 公爵家の人間である以上、幾ら疑問を持っても、

 父や義母、ダニエル殿下に従って生きる以外ないのだ。



(でも……)



 彼女は、窓を見上げると、紺色の空に浮かぶ白い月をながめた。


 1度疑問を持ってしまったら、もう元には戻れない。

 元に戻った自分は、一体何を考えて、どんな生活をするのだろうか。



 ――と、そのとき。


 パタパタと軽い足音がして、ノックの音と共にドアが開いて

 コレットが小さなニコニコ顔をのぞかせた。



「おねえちゃん、ごはんだって!」

「ありがとう、すぐに行くわね」

「きょうは、しちゅーだよ!」

「まあ、楽しみね」



 パタパタと楽しげに遠ざかっていく足音を聞きながら、

 マリアは本を丁寧に布に包んだ。

 クローゼットの奥に仕舞うと、ググーっと伸びをする。


 そして、再びオレンジ色の海をながめたあと、ゆっくりと部屋を出ていった。







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