(閑話4)ベーコンエッグとカルロス
マリアが、公爵令嬢シャーロットの体の中に入って、5カ月目。
教会の奉仕活動が無事に終わった翌週の早朝。
彼女はまだ暗いうちから起き出した。
身軽な服装に着替えて、ランプを片手に、そろりそろりと1階の厨房に降りていく。
そして、誰もいない厨をゴソゴソと漁ると、ベーコンや卵などを麻袋の中に詰め込んで背負うと、厨房の裏戸から出た。
朝が近いことを感じさせる爽やかな空気の中、
ランプの明かりを頼りに林の中に入っていく。
そして、隣の敷地にほど近い、小さな空き地に到着すると、
そこには同じく身軽な服を着たカルロスが、真面目な顔で竈を作りながら待っていた。
傍らには、フライパンや皿などが置いてある。
「おはよう、カルロス。早かったですわね」
声を掛けると、カルロスが嬉しそうに立ち上がる。
「ああ、実はとても楽しみにしていたんだ」
そして、何かを軽くつぶやくと、空き地の周囲が透明の何かで覆われた。
「……これは、結界ですか?」
「そうだ。においを上に流すようにしている。ある程度認識も阻害するから、よく見ないとここに我々がいることも気が付かない」
マリアが「結界ってこういうことに使うものだっけ」と苦笑しながら、
麻袋の中に入っていた、卵やベーコン、フライパンなどを取り出していく。
そして、カルロスに魔法で火を熾してもらうと、フライパンを温めてベーコンを焼き始めた。
丸太の上に座ったカルロスが、幸せそうな顔をした。
「いいにおいだ。春の出来事を思い出すな」
「そういえば、あの時はにおいに釣られて見にきたと言っていましたね」
「ああ。実はずっと食べたいと思っていたんだ」
ちなみに、今日は「カルロスへのお礼の日」だ。
魔力制御に悪戦苦闘するマリアに、アドバイスをくれたり、何度も特訓に付き合ってくれた。
彼のお陰で教会の奉仕活動が無事終了した、と言っても過言ではない。
感謝の印に何かお礼をしたい、と申し出ると、
「では、あのベーコンエッグを食べさせて欲しい」と即答された。
そして、「それでいいなら」ということで、
早朝待ち合わせをして、ベーコンエッグを作って一緒に食べることになった、という次第だ。
ちなみに、両家の間の鉄格子でできた尖った柵は、大人2人分の高さほどあるのだが、
風魔法を使って、ひょいと乗り越えてきたらしい。
(結界といい、ジャンプ力といい、この人、大泥棒になれるわね)
そんなことを考えながら、パンをやきつつベーコンエッグを完成させる。
そして、2つの皿に半分こして盛りつけると、パンを添えて差し出した。
「どうぞ、できあがりです」
「ありがとう。美味しそうだ」
2人はカルロスの淹れたお茶で乾杯すると、ベーコンエッグを食べ始めた。
カルロスが満足そうな顔をした。
「美味いな。こういうシンプルな味付けのものが、時々たまらなく食べたくなる」
マリアは、くすりと笑った。
その気持ちの良い食べっぷりと、自分と近い感覚に親近感を覚える。
彼曰く、砦の生活が長かったため、こういった料理をよく食べていたらしい。
「2年前まで、辺境伯領は魔獣がやたら出てね。魔法が使える者はほとんど砦に行っていたんだ」
「そうなんですね。もしかして、年齢がみんなよりも上なのって」
「ああ、魔獣の襲撃が落ち着くのを待っていたら、2年遅くなった」
マリアは、なるほど、と納得した。
他の金持ちのボンボンっぽい男子生徒たちと雰囲気が違うのは、年齢のせいだけじゃないのね、と考える。
(何て言うか、すごく大人っぽい人よね。実年齢は私より4歳下なのに、たまに年上なんじゃないかと思う時がある)
包容力もあるし、性格が明るくて朗らかだから、一緒に居てとても楽しい。
他の貴族男子のように、「やってもらって当たり前」なところがなく、今も進んで火を熾してくれたり、お茶を淹れたり、よく動いてくれる。
(タナトスにもこういう人、いないかな)
そんなことを考えながら、パンをかじるマリア。
そんな彼女を、カルロスがジッと見つめる。
2人は、ベーコンエッグを食べ終わると、
カルロスが持ってきたパイを食べながら、会話を始めた。
「カルロスは学園を卒業したら、どうするの?」
「そうだな。まだ決めてはいないが、とりあえず領地に帰って兄上を手伝おうと思っている」
「お兄様とは、仲がいいの?」
「まあまあだな。小さい頃はよく喧嘩したが、今は協力できるようになった」
いいわね、とマリアが羨ましがると、カルロスが首をかしげた。
「クリストファー様もいい兄上なんじゃないいのか。礼儀正しくて優しいと聞いている」
「表面上はね。中身は真っ黒よ」
マリアの本音を聞いて、カルロスが苦笑する。
その後、2人はお茶を飲みながら話を弾ませ、
「そろそろ、日が昇るわね」
「ああ、そうだな、戻ろう」
と、後片付けを始めた。
カルロスが、魔法で食器やフライパンを綺麗にして、自身の持ってきた袋に入れる。
そして、解散という段になって、マリアが、ふと思い出して尋ねた。
「ここから辺境伯領に手紙を出すと、どのくらいで着くのかしら?」
王国は、長方形を横にしたような形をしており、右上が王都で、左上が辺境伯領。
そして港町タナトスは左下の半島に位置している。
(4カ月くらい前にタナトスに手紙を書いたんだけど、まだ返事がないのよね)
手紙というものを出したことがないから分からないが、いくら何でも時間がかかり過ぎじゃないだろうか。
カルロスが考え込んだ。
「そうだな。貴族の使う特殊郵便を使えば1週間から2週間といったところだな。だが、庶民が使う一般郵便だと、1年後に届くなんてこともザラだと聞く」
「え! 1年?」
カルロスの話では、手紙が溜まるのを待って郵送を開始するので、溜まるまでの時間がかかるらしい。
「他にも、頼んだ商人が忘れたり、場合によっては無くなるケースもあると聞いている」
マリアは肩を落とした。
手紙は、他の人に見つかったら困るので、ララに頼んで街の郵便局から出してもらった。
もしかすると、まだ届いてもいないのかもしれない。
向こうからの出した手紙も、こちらに届いていない可能性もある。
(みんな心配しているだろうな……)
カルロスが心配そうに顔をのぞき込んだ。
「どうした?」
「いえ、何でもありませんわ。それでは、また」
「ああ、今日はありがとう。美味しかったし、とても楽しかった」
2人は、手を振り合って別れると、朝日を浴びながら、それぞれの屋敷に向かって戻っていった。
*
(カルロス視点)
マリアが、屋敷に消えるのを見届けてから、
カルロスは、彼女とは反対側に向かって歩き始めた。
高い鉄格子を、魔法を使って飛び越え、自身の屋敷の敷地に着地する。
そして、おもむろに立ち上がると、ため息をついた。
(……人というのは、変わるものだな)
シャーロットとの出会いは、約2年半前の、学園の入学式だ。
第一印象は、「美しいが、どこか陰のある少女」で、特に興味を持つことはなかった。
その後、生徒会の役員に抜擢され、一緒に仕事をするようになったが、その印象は特に変わらず。
ダニエル王子に仕事を押し付けられているのを見て、
可哀そうだと思ってはいたが、手伝おうかと申し出ても「大丈夫です」の一点張り。
人を自分の中に入れようとせず、
頑なに必要以上の話をしない彼女に、「同じ生徒会の仲間」という以上の感情は湧かなかった。
しかし、約4,5カ月前、
彼女が1週間ほど学園を休んでから、状況が一変した。
ダニエル王子の理不尽な要求を毅然と断り、
何を言われても相手にしなくなった。
態度が非常に友好的になり、挨拶以外の雑談にも応じるようになった。
よく笑うようになり、楽しそうに色々なことを話すようになった。
(随分と印象が変わったな)
さりげなく、どうしてそんなに変わったのかと尋ねたところ、
「病気になって人生観が変わった」
といったようなことを、ゴニョゴニョと言われた。
(恐らく、何か彼女を変えるような辛いことがあったのだろう)
ベーコンエッグを作って食べている現場を見たときは
驚愕したが、あれはもしかすると、何かのきっかけのようなものだったのかもしれない。
(まあ、今の方がずっと楽しそうだから、きっと良い変化なのだろうな)
今の彼女は、非常に魅力的だ。
一緒にいると楽しくて、あっという間に時間が過ぎていく。
そして、良くないことに、
あまりに楽し過ぎて、婚約者がいる彼女に対して、持ってはならない感情を持ってしまっている自分がいる。
「……自制しないとな」
彼は、そうつぶやくと、もう1度彼女の屋敷の方をながめた後、明るくなりつつある空の下を、ゆっくりと屋敷に戻っていった。




