4.マリア、黄泉の川、再び
(……は?)
彼女は、驚愕のあまり雷に打たれたように立ちすくんだ。
真っ白な空に、黒い太陽。
目の前には、灰色の広い川が流れており、対岸には黒い森が見える。
その見覚えのある忘れられない光景に、
マリアは目を見開いたまま、かすれた声でつぶやいた。
「……え? まさかここって、黄泉の川?」
そこは、マリアとシャーロットが入れ替わった、黄泉の川のほとりだった。
彼女は目を皿のようにして周囲を見回した。
白と黒と灰色しかない、モノトーンの世界に、間違いなく、3か月前に来た「黄泉の川」だと確信する。
彼女は混乱した。
(どういうこと? なぜここに? もしかして魔法回路を開けて死にかけたってこと?)
――と、そのとき。
空から声が降ってきた。
「シャーロット! シャーロット!」
(もしかしてカルロス?)
そう思った瞬間、声の方に体がぐんと引き寄せられる。
――そして、目の前が明るくなったような気がして、うっすらと目を開けると、
カルロスの心配そうな顔が目に入った。
「……戻ってきた?」
マリアが目を開けたのを見て、彼は心からホッとしたような顔をした。
「良かった。急に眠り始めたから、何事かと思った」
「……私、寝ていたの?」
「ああ、恐らく。返事がなかったので、かなり深く寝ていたと思う」
どうやら迷惑を掛けてしまったらしいと、体勢を立て直そうとして。
マリアは、ふと、自分がカルロスに軽々と抱えあげられていることに気が付いた。
その状況に改めて気が付いたのか、カルロスが耳を赤くした。
「勝手に触って申し訳ない。救護室に運ぼうと思って……」
と、マリアをそっとベンチの上に下ろす。
「あ、いえ、大丈夫です。ご迷惑をお掛けしました。……その、重くありませんでしたか」
「重いどころか軽くてびっくりした。華奢だな」
「そ、そうですか」
そう言いながら、マリアは両手で頬を押さえた。
重くなかったのは良いが、何だか妙に恥ずかしい。
カルロスは、気持ちを落ち着けるように軽く深呼吸すると、話題を変えるように尋ねた。
「……そういえば、気が付いた時に『戻ってきた?』と言っていたが、夢でも見ていたのか?」
(そうだ、そうだったわ)
マリアは、恥ずかしかったことを頭の隅に追いやると、思案に暮れた。
あの黄泉の川は、夢だったのだろうか。
カルロスに「ここではない場所に行っていた気がする」と言うと、
魔力回路を開く時、たまにそういった体験をする人がいるらしいと言われた。
「花畑に行ったとか、川を見たとか、そういう話をよく聞く」
その話を聞いて、やはり夢だったのかしら、と考え込むマリア。
ずっと気にしていたから、夢に見たのかもしれない。
そんな彼女を見て、カルロスが微笑んだ。
「でも良かった。無事魔力回路が開いたようだ」
「そうですか?」
「ああ、魔力が循環しているのを感じないか?」
そう言われてお腹のあたりに意識を集中させると、何かが流れているような感じがした。
さっきまではなかった感覚だ。
(もしかして、これが魔力?)
マリアが、手をグーパーグーパーして魔力の感じを確かめていると、カルロスが魔法を使ってみたらどうかと勧めてきた。
使えたら、成功ということらしい。
なるほど、と、マリアはまっすぐ立つと、目をつぶった。
シャーロットの記憶の通り、お腹に意識を集中させながら、手のひらに力を込める。
そして、ふう、と細く息を吐くと、静かに唱えた。
「神よ、この手に力を宿したまえ、治癒」
その瞬間。
お腹の中から何かが湧いてくる感覚と共に、両手が軽く光を放った。
(やった!)
これで安心だわ、と喜ぶものの、マリアは首を傾げた。
記憶の中の魔法は、もう少し光が強くて綺麗だった気がする。
それをカルロスに言うと、「そうだろうな」とうなずかれた。
「魔力制御が上手くいっていないのだと思う」
「魔力制御ですか」
「ああ、この感じだと、少し練習する必要があるかもしれないな」
その後、バーバラが戻ってくるまで、カルロスに見てもらいながら魔力制御を練習し、2人にお礼を言って帰宅する。
そして、その翌週。
夏休みに入ったマリアは、元に戻る方法を調べつつ、
時々隣に住むカルロスに見てもらいながら、魔力制御の訓練を重ね、
約1か月後、無事に教会の奉仕活動を終わらせることができた。




