3.マリア、魔力回路を開く
その日、マリアは一睡もしないまま、学園に向かった。
少し寝ようかとも思ったのだが、朝日を浴びてしまったせいか、全く寝付けなかったのだ。
そのせいで、学園では散々で、
先生の声が子守唄に聞こえ、授業中に何度も机に頭をぶつけそうになった。
そして、何とか授業を終わらせて生徒会室に行って、バーバラと打ち合わせを始めたものの、頭が全く働かず。
次から次に頓珍漢なことを言うマリアに、バーバラがとうとう事情を尋ねた。
「どうしたのですか。お昼の時も思いましたが、今日は何だか変ですよ、体調が悪いのですか?」
「ごめんなさい……、少し寝不足なの」
「……もしかして、昨日のアレの件で、眠れなかったのですか?」
バーバラが、チラリとダニエルの席を見る。
マリアは、「違うわ」と苦笑いすると、そっと目の前の友人をながめた。
(1人ではもう限界だし、相談してみようかな)
バーバラは成績もいいし、魔法が使えるであろう貴族だ。
何か知っているかもしれない。
「……実は、魔法のことで悩んでいて」
マリアがそう切り出すと、バーバラが意外そうに目をぱちくりさせた。
「魔法、ですか」
「ええ、昨日魔法を使おうと思ったら、使えなくなってしまっていて」
バーバラが「なるほど」とうなずいた。
「もしかして、しばらく使っていなかったのではないですか?」
「ええ、そうだと思います」
「では、魔力を思い切り放出してみたらどうですか。うちの母も以前使えなくなった時、これをやったら治りましたよ」
マリアは、ホッと胸を撫で下ろした。
魔力とは、しばらく使わないと詰まったりするものらしい。
(良かった。中身が入れ替わったから魔法が使えなくなったかと思った)
安堵するマリアの前で、バーバラが考え込んだ。
「でも、シャーロットの魔力量で全力放出となると、ちょっと危険ですね。学園の魔法練習場を借りられれば良いのですが、魔法の授業を取っていないと借りるのが難しいですしね……」
そして、しばし逡巡の末、バーバラは「良いことを思いついた」という風に顔を上げた。
「カルロスのところに行きましょう」
「カルロス?」
「ええ、恐らく今ごろ練習場でしょうから、話が早いと思います」
2人は生徒会室を出ると、階段を下りて校舎を出た。
生徒たちが楽しそうにくつろぐ、色とりどりの夏の花が咲き乱れた中庭を通り抜け、学園の敷地の端の方に歩いて行く。
(そういえば、こっちの方面には来たことがないわね)
マリアが、キョロキョロしながら、迷いなく歩くバーバラの後に付いていくと、
目の前に大きな白壁の頑丈そうな建物が見えてきた。
入り口の上には『魔法練習場』という看板が掛かっている。
(へえ、これが魔法練習場)
中に入って、すぐにある階段を上がると、中はすり鉢状になっており、
中央には、大きな長方形の広場のような広い空間があった。
空間は、透明の壁のようなもので4つに区切られており、そのうち3つで動きやすそうな服装をした生徒たちが、火や水などを手のひらから出している。
マリアは度肝を抜かれた。
(すごい! 魔法ってあんな感じなんだ!)
シャーロットの記憶で見て何となく知ってはいたが、実物は迫力が違う。
彼女は食い入るように、それらをながめた。
(手から火が出ているけど、熱くないのかしら。水が出るのは便利そうね。いちいち井戸から水を汲まなくても済むし。土って何に使えるのかしら。壁とか作れるのかしら)
そんな彼女の横で、バーバラが何かを探す。
そして「いましたね」とつぶやくと、下の方を指差した。
「カルロスです」
指が差された方向を見ると、そこには動きやすそうな服を着て、剣を持ったカルロスが立っていた。
他にも10人ほど生徒がおり、それぞれ手に武器を持っている。
「カルロス、剣を持っているわね」
「私も詳しくはありませんが、彼のような複数属性持ちは、武器を持った方が強いそうです」
――と、そのとき。
ガキン!
カルロスが、男子生徒1人と戦い始めた。
目にもとまらぬ速さで、激しく剣を打ち合せる。
(わ! すごい!)
しばらくして、相手の男子生徒がカルロスから距離を取ると、
何かを叫んで剣を横に振った。
剣から炎が放出され、すごいスピードでカルロスに飛んでいく。
(……っ!)
マリアが瞠目する中、カルロスは、剣を持っていない方の手でそれを消し去ると、
何かを唱えて、片手で剣を縦に振り下ろした。
何か見えないものが、凄いスピードで男子生徒に向かって飛んでいく。
バンッ!
次の瞬間、後方の結界から凄い爆発音がして、男子生徒が、へなへなと膝を突いた。
「ま、まいった」
わあっと、2人を取り囲んでいた生徒たちが歓声を上げる。
マリアは、思わず手を叩いた。
「すごい!」
「さすがは辺境伯領で実戦を積んでいるだけありますね、見事なものです」
バーバラも、感服したように拍手する。
マリアは、感心してカルロスをながめた。
体格が良いとは思っていたが、こんなに強いとは思わなかった。
拍手をしていると、カルロスが、ふとマリアたちを見上げて、驚いた顔をする。
他の生徒たちに何か断って、観客席の方に走り寄ってくると、2人に向かって大きな声を出した。
「こんなところに来るなんて珍しいな、どうかしたのか?」
「ええ、実はお願いがありまして」
座席まで上がってきたカルロスに対し、バーバラが、かくかくしかじかと、ここに来た理由を説明する。
カルロスが「なるほど」とうなずいた。
「確かにシャーロットの魔力量だと、思い切り放出させたら危険だな。少し待っていてくれ、空いているスペースを借りてこよう」
そして、カルロスも付き合ってくれるということになり、
空いているスペースで、魔力の放出をしようと試みたのだが……
「……だ、だめだわ」
試すこと8回目、マリアは肩で息をしながら、ガックリとしゃがみ込んだ。
バーバラにやってみせてもらった通りにしても、カルロスのアドバイスに従っても、
何をどう頑張っても魔力が出ないのだ。
ゼイゼイ息を切らすマリアを見て、バーバラとカルロスが首を傾げた。
「どうしたんでしょうね」
「もしかすると、別に原因があるのかもしれないな」
カルロスが、片手をマリアに差し出した。
「私の手の上に、手を置いてくれるか」
意外と大きな手ねと思いながら、マリアが手をそっと置く。
カルロスは「失礼する」と言ってマリアの手を握ると、目をつぶって息を軽く吐き始めた。
握られた手がぽうっと暖かくなって、くすぐったいような不思議な感覚がする。
しばらくして、カルロスが不思議そうな顔で目を開けた。
「おかしいな、魔力回路が閉じている」
魔力回路とは、魔力が通る血管のようなもので、これが閉じていると、魔法が使えないらしい。
「多分しばらく使っていなかったからだと思うが、ここまで完璧に閉まっていると、魔法は使えないな」
シャーロットの記憶によると、どうやら貴族は幼少期に、魔力回路を開く特訓をするらしく、それを経て魔法が使えるようになるらしい。
「ということは、もう1回開けば良いということですよね」
「そういうことだ。折角だから、ここでやっていったらどうだ」
バーバラは、所用のため一旦校舎に戻る必要があるため、カルロスが付き合ってくれることになった。
マリアは、カルロスの指示に従ってベンチに深く座ると、手を膝の上で軽く組んだ。
「では始めよう。まず、目をつぶって全身の血液の流れを感じるところからだ」
低く穏やかなカルロスの声に従い、マリアは目をつぶって血液の流れを意識し始めた。
「それから、お腹のあたりに力を溜めて、大きく深呼吸する。全身に何か流れているのを感じたら、そこに意識を集中させていって……」
カルロスの指示に従いながら、深呼吸したり力を入れたりを繰り返すと、体の中を何かが流れる感覚がする。
(なるほど、これが魔力なのね)
そんなことを考えながら、深呼吸を繰り返していくと、
意識が、すーっと遠くなっていく。
(……なんだかちょっと気持ちが良いかも)
そして、更にそれを続けると、
ふわり
不意に、体が浮かぶ感覚がした。
(え? 何?)
驚いて、目をつぶったまま、カルロスに
「浮かぶ感じがするわ」
と訴えるが、返事がない。
それどころか、さっきまで聞こえていた生徒たちの声も消え、シンと静まり返っている。
(……あれ?)
これはおかしいと、目を開いて、
(ええ!!)
マリアは、驚愕のあまり、雷に打たれたように立ちすくんだ。
目に入ってきたのは、真っ白な空に、黒い太陽。
眼前には、灰色の広い川が流れており、対岸には黒い森が見える。
その見覚えのある忘れられない光景に、
マリアは目を見開いたまま、かすれた声でつぶやいた。
「……まさかここって、黄泉の川?」
そこは、マリアとシャーロットが入れ替わった、黄泉の川のほとりだった。




