2.マリア、ピンチに陥る
マリアが応接室に行くと、
革張りのソファに座っていた兄クリストファーが、整った顔に完璧な笑顔を浮かべて立ち上がった。
「やあ、シャーロット。久し振りだね」
「……お久し振りです。お兄様」
相変わらずキラキラしているわねと思いながら、マリアは慎重に挨拶を返した。
兄の腹黒さを知っているせいもあり、キラキラの笑顔を見ても、胡散臭さしか感じない。
促されて正面に座ると、クリストファーが、にこにこしながら口を開いた。
「公爵邸を出て行ったときは、どうなるかと思ったけど、上手くやっているようだね」
「……ええ、お陰様で」
「学園ではどうだい? 定期試験では5位以内に入ったそうじゃないか」
やけに耳が早いわね、と不気味に思いながら「お陰様で」と言うと、兄が笑い出した。
「相変わらず無口だね、シャーロットは」
「……ええ、沈黙は金と申しますから。それで、大切な話があると伺いましたが、ご用件は何でしょう?」
下手なことを言わないうちに用件を聞いてしまおう、と尋ねると、
クリストファーが、にっこり笑った。
「用件は2つだね。1つは状況確認だ」
「状況確認」
「ああ、実はね、昨日王宮で、偶然ダニエル殿下にお会いしたんだ」
「偶然」
「まあ、偶然ではないだろうね。私がいる場所に、無関係の殿下がたまたま通りかかる、なんてことはないだろうからね」
「はあ」
またあの王子様かと、ややうんざりした顔をすると、兄が面白そうな顔をしながら話を続けた。
「しばらく世間話をしていた訳だけど、ふと話題がシャーロットのことになってね。殿下が言うんだ。『シャーロットは、価値が示せていない』とね」
何か心当たりはあるかい? と問われ、シャーロットは深いため息をついた。
「……ないですけど、あります」
「ほう、どういう意味だい?」
ここは正直に言った方が良いだろうと、彼女は包み隠さず今までのことを話した。
ずっと王宮の仕事をさせられていたこと。
それを良しとしない国王陛下と王妃様に「自分の仕事を自分でさせるように」と依頼されたこと。
国王陛下の命令に従って断ったにも関わらず、しつこく「価値を示せ」と言ってくること。
なるほどねえ、と兄が考え込んだ。
「それで、シャーロットはどう考えているんだい? 殿下に価値を示す必要がないと思っているのかい?」
「いえ、むしろ以前よりも今の方が、価値が示せていると思っています」
「……どういう意味だい?」
いぶかしげな表情を浮かべる兄に、マリアは胸を張った。
「先月、学園行事に王妃様がいらしたときに、おっしゃられたのです。『よくやってくれているようですね』と」
帰る間際に、そっと顔を寄せて囁かれた一言。
マリアは、それを「手伝わなかったことへの労いの言葉」と受け取った。
クリストファーが「なるほど」と再び考え込む。
逡巡の末、彼はにっこり笑った。
「状況はよく分かった。父上には上手く伝えておこう。ただ、それだけだと弱いから、これに参加するといい」
そう差し出されたのは、1通の封筒。
「……これは?」
「教会からエイベル公爵家宛に届いた依頼だ。いい機会だからシャーロットが出るといい。真面目にやれば家の功績になる」
そう言いながら、クリストファーが笑顔で立ち上がった。
「では、何かあったら連絡してくるように」
「……はい、分かりました」
兄を見送った後、改めて封筒を開くと、中には
「約1か月後の催しに、エイベル公爵家から聖属性持ちを1人、教会への奉仕活動に出すように」
といった趣旨の手紙が入っていた。
(……聖属性持ち?)
何のことかと記憶を探ると、どうやら魔法のことらしく、
エイベル公爵家の聖属性持ちは、シャーロットと兄クリストファーの2人だけ。
そして、教会の奉仕活動は、丸2日は拘束される面倒なものらしい。
マリアは苦笑いした。
色々格好良さげなことを言っていたけど、結局のところ面倒を押し付けに来ただけじゃないか!
ムキー! となりながら、彼女は思った。
癖の強い家族に囲まれて、シャーロットもなかなか大変だわ、と。
*
その日の夜、マリアはランプの灯る自室で、
シャーロットの記憶を探っていた。
(私、魔法についてよく知らないのよね)
ちなみに、魔法とは、人の体内にある魔力を具現化して、様々な現象を起こすことを指す。
火、水、風、土、聖、闇の6つの属性があり、
魔法を使えるか使えないかは、体内にある魔力量に依存する。
そして、魔力量は遺伝で決まることから、この国で魔法が使えるのは、ほとんどが貴族だった。
だから、港町タナトスに魔法を使える者はほぼいなかったし、
マリア自身も魔法を見たことがなく、
「もしかして魔法というのは、御伽噺の中だけのものでは」
と思っていた節すらある。
ちなみに、シャーロットの記憶によると、
貴族たちにとっては、魔法は一般教養のようなもので、
才能のあるものは魔導士に、それ以外は自衛手段として身に付ける程度に止まるらしく、学園での魔法の授業は選択制。
故に、魔法の授業がなかったマリアは、
今まで魔法についてあまり意識してこなかった。
(でも、そっか。シャーロットはお貴族様だから魔法が使えるんだ)
記憶によると、聖魔法の適性がある者は、重宝されるがあまり数が多くなく、
時々こうやって教会からボランティアの依頼が来るらしい。
(知らなかった、すごいわ、シャーロット)
そして、折角だから魔法を使ってみようと、
シャーロットの記憶を頼りにやってみることにした。
(初めての魔法、ドキドキするわね)
マリアは、机の前に座った。
シャーロットの記憶に従って、両手を前方に伸ばして目をつぶる。
そして、ふう、と細く息を吐くと、静かに唱えた。
「神よ、この手に力を宿したまえ……、治癒」
片目をそっと開けて両手を見るが、特に何も起こっていない。
(あれ?)
何か違ったのだろうかと、再び唱えながら、お腹に懸命に力を込めるが、うんともすんとも言わない。
そして、ふぬぬぬ、と唸りながら、がんばること5分。
「……くっ、ダメだ……」
彼女は、肩で息をしながら、どさりと背もたれに寄りかかると、
空に浮かんでいる白い三日月をながめながら、ため息をついた。
(マズイ、どうしよう……)




