【10話】ひとめぼれ
剣道大会の大人の部の優勝者と、子供の部の優勝者のエキシビジョンマッチ。
試合開始直後は、側から見ても指導試合の雰囲気だった。
大人の側が、子供の攻めを受ける一方だが、受ける大人の方は余裕があって、まるで対戦相手の子に、お手本を示すように、綺麗に捌いている。
私は、この大人の余裕ぶった対応に、ちょっとイラッとしたが、同時に仕方がないとも思った。
実力が違いすぎる。
文字通り、と言うか見た目の通り、大人と子供の差があった。
そもそも、身長差がありすぎて、物理的に子供側の竹刀は、大人の面を上から打ち据えることはできない。
したがって、狙いは小手か胴のみ。
大人側はそれが分かってるから、面を守る必要がなく、防御に割く意識が3分の2で済んでいる。
実力の弱い方に、更にハンデがのっている、不公平すぎる試合だ。
私が子供の側だったら、さっさと諦めている。
しかし子供の方は、諦めずに打ち込み続けている。
その体力と負けん気に
この子すごいなって、思った。
大人の方は、もうそろそろ頃合いと見たのか、今までのように、子供の攻撃をただ受けるのではなく、軽く押し返して、子供の重心を崩しにかかった。
そして、その隙をついて子供の面を、上段から狙っていくが、
子供が竹刀で、攻撃する大人の竹刀のきっさきを払った。
そう、この子の重心は崩れていなかった。
しなやかに粘る足腰は、崩れ切っていなかった。
そして、その子は体幹の筋肉で崩れかかった体制を強引に戻すと、間髪入れずにカウンターで、大人の小手を狙いにいく。
「ってーっっ!!(小手)」
惜しくも腕力の差で、大人の竹刀を充分に払いきれておらず、小手には届かず。
素早く腕を引いた大人の竹刀の鍔より先の部分を叩くにとどまったが、この一連の攻防に周りからは「おお〜」と感嘆の声が漏れた。
この子すごい!!カッコいい!!
すっかり、この年下の男の子のファンになっていた。
がんばれ!!
と、心の中で、絶賛応援!!!
するとこの子を手強しと見たのか、
「ヤーーッッ!!」
と気合を発すると、大人がクイックモーションで、子供の面を狙いにいく。
今までは指導だからか、大人は攻撃の際に、敢えて大きめのモーションで攻撃を仕掛けていたが、今度は実戦的な、最小限度の動きでの仕掛けだった。
今までとの動きの差、スピードの落差で、相手の子供はこの攻撃に全く反応できない、それとも大人の気合の入った掛け声に、臆したのか。
もうダメだと、思った瞬間。
その子が、私の視界から消えた。
後から、撮っていたスマホの動画を見て分かったことだが、この時この子は膝を沈めて前のめりに屈んでいた。
ちょうど、クラウチングスタートの様に見えるくらいに、一気にしゃがんだ。
そして、クラウチングスタートからのダッシュのように、大人の攻撃を前に避けた。
と、同時に子供の大会では危険すぎるため禁じ手の一撃、「突き」を大人の喉元へ突き刺した。
身長差がある中で、竹刀をとどかせるため、そして相手の竹刀をかわすために体を捻り、精一杯背伸びした、半身片手の変則突き。
剣道というより、フェンシングの様なスタイルの突きが、相手の喉を守る防具の上から、綺麗に決まった。
側から見ていた私が消えたと感じるくらいだから、もっとも近くにいた、対戦相手の大人の視界からは、完全に消えていただろう。
そもそも剣道の面は、死角が多いので尚更だ。
勝利を確信して油断もあったであろう、対戦相手の大人の人は、突きの勢いのまま後ろに倒れ、そのまま動けず。
ざわざわと、にわかに騒がしくなる体育館。
救護要因として詰めていた、保険医の先生の指示のもと、大人の人はタンカで運ばれていった。
そして、突きを繰り出した子は、呆然とずっとその場で立ち尽くしていた。
周りの大人にうながされ、壁際まで戻り、正座して、面を外して
頭に巻いた手拭いをほどいて流れる長い髪を見て、私は驚いた。
とてもかわいい、良い意味で たぬき顔の女の子 だったからだ。
思いつめたような表情で額やほほに流れる汗を拭きもせず。
じっと今まで自分が戦っていた試合場を見つめていた。
後から思うに多分、これが一目ぼれというヤツなんだと思う。
私はその子からずっと目が離せなかった。
タンカで運ばれた大人の人は、幸い大したことはなかったらしい。
救急車を呼ぶほどのこともなく、保健室で休んで回復したとのこと。大事に至らなくて良かった。
そして夏休み明け、たぬき顔の女の子。
北野咲良にこんなあだ名がついた。
『殺人犯』
……と、
ここまでお読みいただきありがとうございます!
フェリーに乗らず誘拐事件も起きないのに、過去編で殺人事件!?
一体どうなってしまうのか!?このお話!!
次回の更新は、本日【20:05頃】です。
夜の読書タイムに、ぜひまたフェリーの旅(予定)でお会いしましょう!
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