第2話「カオスな城」
4人兄弟の末っ子だった。
3人の兄はそれぞれ全然違った。一番上はマイペースで、2番目はとにかく口が達者で、3番目は私と一番仲が良かった。歳が近かったのもあったけど、3番目の兄は私のことをよく気にかけてくれた。
その3番目の兄が、学校に行かなくなったのは高校生の頃だった。
いじめだった。詳しいことは教えてもらえなかった。ただある日から、兄の部屋のドアが閉まったまま開かなくなった。両親がドアの前で話しかける声が、夜中まで続いた。
検査を受けたら、自閉症だとわかった。
両親がケンカした。お母さんが「なぜもっと早く気づけなかったのか」と自分を責めた。お父さんとの話し合いが深夜まで続いた。お母さんが体を壊して、寝込んだ。
家の中が、変わった。
朝起きると、誰かが泣いている日があった。夕ご飯の時間になっても、食卓に誰も来ない日があった。兄が突然気絶した。薬が合わない時期は、窓ガラスを割った。裸足で家を飛び出したこともあった。お父さんが兄を連れて里山に登山に行って、2人とも行方不明になり、ヘリコプターで救助されたこともあった。
私はその頃には、もう驚かなくなっていた。
これが普通だと思っていた。いや、普通じゃないとわかってはいた。でも驚く感情が、どこかに行ってしまっていた。
おじいちゃんの介護も始まった。
お母さんが大好きだったお母さんのお父さん、私のおじいちゃんは、少しずつ痴呆が進んで寝たきりになっていた。おばあちゃんとお母さんが交互に面倒を見ていた。大好きだったおじいちゃんがだんだん遠くなっていくのが、悲しかった。
そのおじいちゃんが、亡くなった。
お母さんの泣き顔を見た。お母さんがあんなに泣くのを、初めて見た気がした。
家の中には、いつも何かが起きていた。
お母さんが家事をほとんどできなくなった時期は、私が1人でやった。家族分の夕ご飯を作った。皿洗いをした。掃除をした。誰かに頼まれたわけじゃなかった。ただ、やらなければ回らなかったから、やった。
高校は片道2時間半かかる場所にあった。
授業が終わったら一目散に走って最寄り駅に向かった。電車の中で教科書を開いた。帰宅してエプロンをつけて、夕ご飯の支度をした。食べ終わったら皿を洗って、風呂を洗って、翌朝の準備をした。それから自分の勉強をした。
部活には入らなかった。高校の友達とも交わらなかった。交われなかった。放課後に遊ぶ子たちを横目に、私はいつも走って帰った。
私には青春なんてないと思っていた。
でも不思議と、辛いとは思っていなかった。
お母さんが「ありがとう」と言う時の顔が、好きだったから。疲れ切った顔の中に、一瞬だけ柔らかいものが戻る瞬間が。あの顔のために、やっていた気がする。
高校に入ってからアルバイトを始めた。
初めて自分で稼いだお金を手にした時、何かがすうっと収まった気がした。それからだったと思う。財布から盗むのをやめたのは。きっかけも理由も、はっきりとは覚えていない。ただ、自分のお金ができた時に、あの反乱はひっそりと終わった。
罪悪感だけが、しばらく残った。
転機は、高校2年生の修学旅行だった。
初めて故郷を出た。沖縄だった。みんなが観光地でキャーキャー騒いでいる時、私はバスの窓から外を見ていた。空が広かった。空気が違った。知らない場所なのに、なぜか息ができた。
ここに住みたい、と思った。
理屈じゃなかった。体が思った。
帰ってから進路相談室に行った。沖縄に就職したいと話したら、高卒だとガソリンスタンドの求人しかないと言われた。じゃあ大学に行く、と思った。お金で親に迷惑をかけたくなかったから国公立を目指すことにした。学びたい学問は特になかったけど、高校時代に毎日やってきた家事から、家政学に興味を持った。
進路の話は親には一切していなかった。聞かれもしなかった。
自分のことは、自分でなんとかする。それだけだった。
高校2年生の夏休みから、受験勉強を始めた。自分が飽きやすいとわかっていたので、早く始めて無理なく続けられる仕組みを考えた。平日は朝4時に起きて、家を出る7時まで勉強した。休日は午前中だけ集中して、午後は自分のための時間にした。
少し落ち着いてきた3番目の兄と、散歩に行くようになった。電車で出かけたり、他愛もない話をしたりした。兄に元気になってほしい気持ちは本当だった。でもその裏に、兄が元気になればお母さんも喜ぶという計算が、少しあった。お母さんの日記にはそれについても感動したと書いてあった。よし、うまくいってると思った。
唯一、心が解放される時間があった。
夜の愛犬との散歩、20分だけ。手綱を握りながら歩く、それだけが私のものだった。
その散歩の時間に、私はよく考えていた。大学受験に合格しなかったら、死のうと思っていた。本気で考えていた。電車か、首吊りか、飛び降りか。家族に迷惑がかからない方法を、真剣にシミュレーションしていた。
それくらい、受験にかけていた。
それくらい、追い詰められていた。
でも愛犬だけは、毎日変わらず前に進めてくれた。手綱の向こうで、ただそこにいてくれた。
夜の空気を吸いながら、私は明日もいい子を続けた。




