第1話「いい子の作り方」
お母さんはよく、「普通は」という言葉を使った。
普通はこうする。普通はそんなことしない。普通の子は。その言葉が出るたびに、私は自分のどこかを少し削った。自分らしさを出すと「みんなと足並み揃えなさい」と言われた。だから足並みを揃えた。揃え続けた。その方が、お母さんが喜んだから。その方が、生きやすかったから。
本当の私は、どこかに行ってしまっていた。
兄が3人いた。みんな私より大きくて、賑やかで、お母さんを困らせることが得意だった。私はその度に、お母さんの顔を見ていた。疲れた顔をするたびに、私が喜ばせてあげなきゃと思った。末っ子だったから、というより、そうしたかったから。お母さんのことが、好きだったから。
小学5年生の頃だったと思う。
家からおじいちゃんの畑に向かう道を歩きながら、ぼんやりと思った。なんて私の人生は、平凡でつまらないんだろう。
今思えば笑える。あの頃の私が「穏やかな日常」をこんなにも欲しがる日が来るとは、思っていなかったから。
その頃から、お母さんの財布からお金を盗むようになった。
きっかけは覚えていない。最初は千円だった。それがいつの間にか五千円になり、一万円になった。お母さんだけじゃなかった。おじいちゃんやおばあちゃんの財布からも盗った。盗んだお金で友達にお菓子を買った。自分の洋服を買った。お母さんに「それ高かったでしょ?」と聞かれた時は「セールだったんだよ」と嘘をついた。
嘘が重なるたびに、心が少しずつ蝕まれた。でもやめられなかった。
今ならわかる気がする。いい子でいることへの、小さな反乱だったのかもしれない。言葉にできない何かが、あの形でしか出てこなかったのかもしれない。でもあの頃の私には、そんな言葉はなかった。ただ盗んで、嘘をついて、罪悪感を抱えて、またいい子を続けた。
中学に上がった頃、お母さんがA4のノートに毎日日記を書いているのに気づいた。
興味本位で読んだ。そこにはお母さんの葛藤や、私への期待や、いろんな感情が毎日びっしり書いてあった。読むたびに、もっとお母さんの力になりたいと思った。
ある日の日記に、私についてのことが書かれていた。私がお母さんの日記を盗み見して先回りして動いた行動に、えらく感動したと書いてあった。そして、私のことをお姉さんの生まれ変わり、ソウルメイトだと書いてあった。
お母さんには、20代で若くして亡くしたお姉さんがいた。出来のいいお姉さんで、おばあちゃんにいつも比較されながらも大好きだったと、昔からよく話していた。
ソウルメイト。
その言葉を読んだ時、変な感じがした。私はお母さんのソウルメイトになりたかったわけじゃない。ただ、お母さんに喜んでもらいたかっただけだった。でも、お母さんが喜ぶならそれでいいやと思った。
それからはほぼ毎日日記を読んで、先回りして動いた。
その頃の私はまだ知らなかった。この家がこれからどれだけカオスになるかを。そしてそのカオスを、私が1人で支えることになるとは。




