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第3話「沖縄へ」

合格発表は、朝だった。

画面の中に自分の番号を見つけた瞬間、泣くかと思ったけど泣かなかった。ただ、静かに息を吐いた。よかった、と思った。死なくていい、と思った。

その2つが、ほぼ同時に来た。

お母さんに報告した。大学受験をすると話した時に「えっ」と大きな声で驚いていたお母さんは、合格したと伝えたら「よかったね」と言った。それだけだった。家の中はまだカオスで、喜びを大きく表現できる余裕が、誰にもなかった。

お父さんは「自分で決めたならそうすればいい」と言った。

それだけで、十分だった。

荷物をまとめ始めた頃、2番目の兄に言われた。

「お前は逃げられていいよな」

笑っていたわけじゃなかった。怒っていたわけでもなかった。ただ、ぽつりと言った。

私は何も返せなかった。

逃げる、という言葉が、頭の中に残った。違う、と思った。でも違うと言い切れなかった。沖縄に行きたかったのは本当だった。でも、この家から出たかったのも本当だった。その2つは、混ざり合っていた。

答えを出せないまま、引越しの日が来た。

駅まで送る車の中は、静かだった。

お母さんは何も言わなかった。私も何も言わなかった。フロントガラスの向こうに、見慣れた故郷の景色が流れていった。いつも走って帰ってきた道だった。愛犬と歩いた夜道だった。

駅に着いた。

お母さんが言った。「いってらっしゃい」

私は言った。「いってきます」

振り返らずに、電車に乗った。

ドアが閉まった。電車が動き出した。

前だけ見ていた。

安堵と不安と、いろんなものが胸の中で混ざり合っていた。でも一番大きかったのは、やってやるぞという気持ちだった。沖縄に行ける。自分で決めた場所に、自分の足で行く。それだけで、十分だった。

怖くなかったと言えば嘘になる。でも怖さより、ワクワクの方がずっと大きかった。

沖縄は、最初から好きだった。

空が高かった。海が近かった。風が柔らかかった。修学旅行で窓から見た景色の中に、今度は自分が立っていた。やっと来た、と思った。

アパートに1人でいる夜、静かだった。

誰かが泣いていなかった。窓ガラスが割れなかった。怒鳴り声も、深夜の話し合いも、なかった。ただ、静かだった。

その静けさが、最初は少し怖かった。

こんなに静かでいいのか、と思った。何かしなくていいのか、と思った。誰かのために動かなくていい時間というものが、私にはまだ馴染まなかった。

カフェのアルバイトを始めた。

お母さんには20時までと話していたが、実際はクローズ作業で夜中の1時まで働いた。翌朝8時からの授業に行った。自分で決めた場所で、自分で責任を持つ。それはもう、ずっとやってきたことだった。無理してでもできた。でも本当の理由は、忙しくしていないと落ち着かなかったからだと思う。動いていないと、自分の存在意義がわからなかった。

お母さんからは毎日連絡が来た。

今日食べたものを写真で送って、と言われた。送った。3番目の兄のことで、うまくいかないという手紙が来た。返事を書いた。私がいないと、という言葉が手紙の端に書いてあった。読むたびに、胸の奥が少しだけ重くなった。

ある夜、バイトで電話に出られなかった。

疲れてそのまま寝てしまった。翌朝起きたら、着信が10件以上入っていた。慌てて折り返したら、お母さんが言った。

「捜索願いを出そうと思った」

狂気を感じた。

愛されているとわかっていた。でもその愛の重さが、故郷を出てから初めて、輪郭をもって見えた。

1年経っても、お母さんの依存は続いた。

ある時、また私がいないと、という手紙が来た。

私は返事を書いた。

「お母さん、私から自立してください」

送った後、少し怖かった。怒らせてしまったかもしれないと思った。でも数日後に返ってきた手紙には、私の青春を奪ってしまった罪悪感があったこと、免罪符の気持ちで沖縄に送り出したこと、これからは子離れすること、肝っ玉母さんになることが書いてあった。

それからは、依存の連絡がなくなった。

ホームシックには、一度もならなかった。

故郷は好きだった。でも帰りたいとは思わなかった。1年に1回帰れば十分だった。お母さんたちもそれを咎めなかった。

沖縄にいる間、少しずつ何かがほぐれていった。

普通でいないといけない自分が、少しずつ溶けていった。お母さんを喜ばせないといけない自分も、少しずつ遠くなっていった。

本当の私がどこにあるのか、まだわからなかった。

でも、探していいんだと、初めて思い始めていた。

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