最後の別れ
「キール!」
あたしはキールへ駆け寄る。飛びつくように抱きつくと、体がすり抜けて地面に倒れこんだ。分かっているはずなのに、間抜けなことをしてしまった。
いや、そんなことを言っている場合じゃない。
キールと、また会えた。光の粒子と化していった時にはもう最後だと思っていたのに。
キールはやり切った顔をしていた。だけど、その笑顔はどこか寂しそうだった。
「もう会えないと思ってた」
「本当はな。だけど、神様に相談して少しだけ延長してもらった」
キールは意味ありげなことを言って笑う。それから真面目な顔になった。
「はじめに、怜愛ちゃん。本当に君には助けてもらった。心から感謝しているよ」
たったそれだけの言葉を聞いただけなのに、涙が溢れてきた。今までにやってきたことが、すべて報われた気がした。
キールは続ける。
「うっかり事故で死んじゃってさ、その時は本当に俺ってツイてないなって思ってた」
「うん」
「だけどさ、そんなことなかったんだよ。最後の歌を終えた時に思ったんだよ。こんなにたくさんの人に愛されているなんて、俺ってなんて幸せなんだろうって」
その言葉に、また涙が溢れてくる。
助けられたのはあたし達の方だった。あたしは過去のイジメから始まったトラウマを克服できたし、他にもクリエクが無ければ死んでいた人だってたくさんいる。
それなのに、キールはこんなに――
「だからさ、あの時に心から思った。音楽をやっていて良かったって。音楽にしか救えない人は本当にいて、俺のやっていた音楽はその人たちを救えていたんだなって」
またキールの体から光の粒子が出だす。
「ダメ」
あたしは首を振る。もうキールを喪いたくない。だって、キールはあたしの――
キールは寂しそうな笑顔で少しだけ沈黙して、それから続ける。
「だから俺は満足なんだ。クリエクのメンバーは俺がいないからって消えるようなタマじゃねえ。怜愛ちゃんもあいつらのことを応援してやってくれ。次のヴォーカルが誰になるかは分からないけどさ」
「クリエクのヴォーカルは、キールにしか務まらないよ」
「ああ、そうかもしれないな」
そう言ってキールはまた悲しい笑顔を見せる。体から放出されていく粒子が増えていく。キールに残された時間はもう少ない。それだけはあたしにも分かった。
「最後に一つだけ、お願いがある」
ふいにキールが真剣な顔になる。涙は止まらないけど、あたしは呼吸を止めて、次の言葉を待つ。
「怜愛ちゃんが俺のことを本当に愛してくれたのは分かった。俺、死ぬまで童貞だったし、こんなに誰かから愛されているなんて思いもしなかった」
「うん」
「だからさ、そんな怜愛ちゃんだからこそ、この先もずっと幸せに生きてほしい。俺はいなくなるけど、悲しみに打ちひしがれるのではなく、前を向いて生きてくれ。どんなことがあってもだ」
「……うん、分かった」
正直自信がなかったけど、今さらできないなんて言えない。
「いいか、約束だぞ。君は絶対に幸せになるんだ」
「……うん、約束……する」
キールがとっても優しい笑顔になる。その顔は、初めてのライブで「キール、愛してる!」って言ったら「俺もだよ」と返してくれた時と同じ顔だった。
キールの体が光の粒子とともに消えていく。
「それじゃあ、さよならだ」
薄くなったキールは、手を振ると光の粒子となって夜の闇へと溶けていった。
誰もいなくなった夜の公園で、あたしは一人崩れ落ちた。それから、初めてキールを喪たことで声を上げて泣いた。
誰に見られているかも分からない。それでも、そんなことを気にしている余裕もなく声の限りを尽くして泣いた。
キールが、逝っちゃった。
彼の姿を見ることはもうない。それだけは、はっきりとしていた。
埋めることのできない心の穴。誰もが味わったであろう苦しみを、この時点でようやくあたしは受けていた。
でも、いい。
悲しくても、つらくても、それなら好きなだけ泣いたらいい。
――だってあたしは、ついさっき約束したんだ。何があっても前を向いて生きていくって。
そんな妙な心理状態の中で、あたしは一人でずっと泣いていた。




