終演後の余韻
――ライブが終わって、あたしは放心状態になっていた。でも、それはきっとあたしだけじゃない。
ふいにステージに現れ、タイトルすら付いていないバラードを歌い終えたキールは曲が終わるとともに光の粒子となって消えていった。
不思議な光景だった。キールの体が少しずつ消えていくのを、バンドメンバーもファンたちも無言で見守っているのだから。
消えていくキールはとても優しい笑みを浮かべていた。
彼の姿がすべて光の粒子へと化していった時、大歓声とともにキールを呼ぶ声がこだました。
――彼はたしかに生き返った。
ほんの一曲だけど、みんなに歌を届けるために、本当にステージに現れた。常識とか科学を超えた、奇跡の瞬間だった。
レイスをはじめとしたメンバーたちも呆然としていた。当たり前だ。キールの登場は台本になかった。ホログラムを使う案だって、予算の問題で断念していたんだから。
ほんの五分ほどの奇跡とともに、クリエクのもしかしたら最後になるかもしれないライブは幕を閉じた。だけど、そこに悲壮感など少しもなかった。
◆
武道館を出ると、少し歩いて一人になれる公園を見つけた。地雷系ファッションのままブランコに揺られて、ついさっきの余韻を味わう。
スマホを見ると、SNSがすごいことになっていた。「キールが生き返った」とか「きっとホログラムに違いない」と論争が起こり、奇跡の瞬間を見た人々は一様に興奮していた。そこにはクリエクが解散するかもしれないなどという悲壮感は少しもなかった。
みんなにも、光を浴びながら歌うキールがはっきりと見えていた。映像でもなく、ホログラムでもない、生身の人間。ステージに立って歌っているのは明らかに何度もファンたちを勇気づけてきたキールその人だった。
あまりにも現場にいた人が興奮しているため、演出派というか、非科学的な奇跡に対して懐疑的な視線を向けていた人も「もしかして」という風に引っ張られそうになっていた。あの時のキールが宗教でも始めたら、きっとたくさん入信する人がいたんだろうな。あたしも入るけど。
それはともかくとして、終演後になってからキールの姿はあたしですら見ていない。
キールはこの世での役目を終わって去っていったということなのだろうか。あまりにも急なお別れが来たせいで、あたしも思考が付いてきていない。
ただ、この胸にはポッカリと穴が空いたようだった。
キールが死んで、無気力になって、SNSでメッセージを送り続けて、キールに呼ばれて、出会って、一緒に住んで、一緒に曲を作って、レイスにキレられながらも武道館ライブを決行させて、振り返ると一生分のイベントがここ数ヶ月にすべて詰まっていた気がする。昔のあたしだったら、とっくにキャパオーバーになっていたはず。
だけど、キールが支えてくれた。
彼は単に最後の曲を届けたかっただけなのかもしれない。それでも、彼といた時間はあたしにとって何よりも代えがたいものになった。あたしはクリエクのメンバーやファンたちの思い出を一生忘れないだろう。
そう思うと、涙が溢れてきた。
でも、悪いことじゃない。ようやくあたしも、泣く余裕ができたんだ。だからこれはきっと悪いことじゃない。
「なーに泣いてるんだよ」
声を上げて泣いていると、聞き覚えのある声がして振り返った。
「嘘……でしょ?」
「安心しろ。夢じゃねえぞ」
そう言って笑顔を見せるのは、ついさっきに光になって消えたキールだった。




