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宇宙一のロックスター

 あたしの予感通り、この日のライブはクリエク史上で最高の出来になったんじゃないかって思う。何よりもメンバーそれぞれの背負っているものがこれまでとは全然違った。


 クリエクの音楽は世間的にはハードロックとかヘヴィメタルに類するもので、決して誰もが聴くような音楽ではない。それでも、彼らの音楽で救われている人たちは何人も存在する。あたしがそうだったように。


 ステージに立つキールの姿は物理的にはあたし以外には見えないのかもしれない。もしかしたら、あたしが作り出した妄想の産物なのかもしれない。


 それでも、空っぽのマイクスタンドの前には誰かがいて歌っている。それを誰もが感じているんじゃないかなって思った。


 アッパーな曲からメロウな曲も挟んで、あっという間に時間が溶けていく。最後はシメにもよく使われる曲、Make a wishで大騒ぎして本編が終わる。会場にはバン! と音がしてから銀テープが降ってくる。あたしも含めた観客たちは、それをお金でも降ってきたかのように必死こいてキャッチしていく。


 曲のラストで死ぬほど美しいレイスがギターを天に掲げて、耳をつんざくような高音を響かせると、会場中に歓声が爆発した。キールの亡くなった悲しみはどこへやら、お祭り騒ぎでメンバーたちを称えていった。


 ノクス、ルクス、ヴェイルが観客たちに手を振りながら退場していく。レイスは一人だけ残って、弾くほど速いギターソロを孤島のど真ん中で披露していた。それに呼応するように観客たちも声を上げていく。


 最後に歌舞伎の見栄を切るみたいにドヤ顔をキメると、レイスはギターを聖剣のように天高く掲げながら退場していった。彼らがいなくなった後も、拍手はずっと続いていた。


 ふとステージを見やると、マイクスタンドの前に立ったキールは武道館の一人一人を見まわしていた。照明は最小限で会場は暗くなっているけど、熱狂冷めやらぬ人々の歓声を聴いていると、会場全体が一つの生き物にも見える。その姿をキールは満足そうに聞いていた。


 ふいに会場からキールを呼ぶ声が聞こえはじめる。それに気付いた別の観客もキールの名前を呼んでいく。もちろん、キールが亡くなる前にはアンコールの言葉が会場には響いていた。


 その声はどんどん大きくなり、暗い会場を熱狂で埋め尽くした。会場中が歌っているような光景の中で、キールは呆然とその光景を眺めていた。


 ――愛されていたんだね、キール。本当に、誰からも。


 あたしもキールの名を叫びながら感慨に浸る。こんな景色が見られるなんて、キール自身も思っていなかったんだろうな。


 みんなが大騒ぎしている中で照明が明るくなると、ひときわ歓声が大きくなる。


 控室へと退場していたメンバーたちが、バンドTシャツに着替えて孤島へと集まっていく。ただ通路を歩いているだけなのに、ファンたちの熱狂がすごいことになった。


 クリエクのみんなはすっきりとした顔をしていて、本編でおおよその仕事は終えているせいか達成感に満ちた顔をしていた。


 それぞれが自身の定位置に着くと、レイスが口を開きはじめる。


「みんなも知っている通り、いつも俺たちのそばにいたキールが逝ってしまった」


 会場は静まり返る。先ほどのバカ騒ぎは鳴りを潜め、現実に引き戻された観客たちが沈黙に浸る。レイスは続ける。


「正直なところ、俺たちも何が起こっているのか分からなかった。悲しみに浸るというより、周囲の混乱がひどすぎて、どうにかしなきゃと必死だった」


 ヴェイル、ノクス、ルクスが言葉を紡ぐレイスを見守っている。


「最近になってようやく、ああ、あいつはもういないんだなって思いはじめた。信じられないけど、あいつとはよくケンカしたよ。それでも、もうキールとは言い合いもできないんだなって思うと、ようやく悲しみが追い付いてきた」


 そこまで言うと会場からすすり泣く声が聞こえてくる。


「はっきり言って、あいつが死んでしまったことは悲しい。事故になんか遭いやがってという怒りもなくはない。だけどな、それでもあいつは、俺たちの楽曲を誰よりも望んだ形に仕上げられる歌い手だった」


 みんなに見えないキールが切なげに視線を落とす。生きていればクリエクは世界規模のバンドになっていただろうに。そう思うとやりきれなくなる。そして、その悔しさを一番感じているのはキールなんだ。


 レイスが間を置いてから続ける。


「あいつは、一つ置き土産を遺していった」


 いきなり告げられた事実に、観客たちがキョトンとする。そうだよね。そう言えば、この話を知っているのはごく一部の関係者だけだからね。


「キールの書いた、未発表曲がある」


 レイスがそう言うと、会場が大きくどよめく。


「辛うじてあいつの歌も残っていた。それをつなぎ合わせて、俺たちはあいつの遺した曲を完成させた。タイトルは無い。お前たち一人一人がそれに名前を付けてくれ」


 歓声が上がりはじめると、それは加速度的に大きくなっていく。レイスのアナウンスを聞いただけで、その場で泣き崩れるファンもいた。


「だから最後に、この歌を送る」


 レイスの言葉が終わるとともに、会場には切ないメロディーのSEとヴェイルの奏でるアコースティックギターの音が鳴り響く。自然と、涙が溢れてきた。


 武道館に少し抑え気味のキールの歌声が響く。照明の当たっていない暗闇の中から、何人ものすすり泣く声が聞こえてくる。


 アコースティックギターがいくつかのフレーズを弾き終えると、すべての楽器が盛大に音を鳴らして珠玉のバラードがはじまった。


「おい、あれ! あれ!」


 観客たちが驚いた顔でステージを指さす。無人だったはずのマイクスタンドには、光り輝く姿のキールが立っていた。


「キール!」


 他の女性ファンが顔を覆いながら叫ぶ。それを皮切りに、会場内に大歓声が広がっていく。


それを見て、あたしはあることに気が付いた。


 ――まさか、みんなにも見えているの?


 孤島のステージで光を放ちながら歌うキール。他のメンバーたちも一瞬だけ「嘘だろ!?」っていう顔をしてから、そのまま演奏を続けている。


 たしか、莉乃さんと話した時に「ホログラム費用が高額過ぎて使えない」という内容のことを言われたと思う。……ってことは、やっぱり今見えているのはキール本人ってこと?


 当のキールはそんなことはまったく意に介さず、あたしと一緒に作った曲を全力で歌っている。その歌声は、今まで聴いたどの歌よりも心に響いた。AIで作った、合成の音声のはずなのに。


 だけど……これ、まさか本当の歌声じゃない?


 だって、自分で何度も聴き直したから、実際の歌声との違いぐらい分かるよ?


 噓でしょ……。他ならぬあたしが、会場にいる誰よりも驚いている。キールが、本当に会場で蘇った。


 だけど、今は科学的な根拠なんてどうでもいい。キールはたしかに帰って来たんだ。みんなの想いに引き寄せられて。


 キール、やっぱりあなたは最高だよ。


 こうやって、予想の遥か上を行く素敵な瞬間を与えてくれる。こんなこと、他の誰にだってできっこない。


 ――キール、あなたを愛して良かった。


 ライトを浴びながら全力で歌うキールは、間違いなく宇宙一のロックスターだった。

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