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伝説の夜

 誰にも見られないように関係者の出口から出ると、武道館の周りをぐるっと回って一般観客の織り成す長蛇の列に紛れ込む。


 あたしとセットでしか動けないキールも一緒にいるので妙な光景になるけど、ただのファンに過ぎないはずのあたしが特別扱いされていたら、色々と面倒な問題が発生するので仕方ない。


 待つ間におバンギャさんをはじめとした、クリエクを通じて知り合った仲間たちと再会する。キールの事故があってから鬼のように来ていたDMに返信しきれていなくて、中には相当あたしを心配してくれていた人もいた。


みんなもつらかっただろうに、あたしのことを気遣ってくれて、本当にいい人たちだなって心から思った。


 再会した仲間たちはそれぞれで覚悟を決めてきたというか、悲しみにくれるよりもキールとの別れに向き合おうとしているように見えた。あたしも立ち直ってはいるものの、彼らが失ったキールとまさに今一緒にいるから平気なだけで、なんだか申し訳ない気がした。


 ファンあるあるというか、互いがどこの席にいるかチケットを見せ合う。


「うわ、レイアちゃんど真ん中の一列目? すご過ぎじゃない?」


 あたしの席を知ったおバンギャさんが興奮気味に言う。


「……まあ、昔からクジ運はいいみたいなんで」

「クジ運がいいなんてものじゃないよ! こんなの、転売ヤーが悔しがってのたうち回るような席じゃない! ……やっぱり、普段の行いがいいというか、キールが呼んでくれたのかもね」


 おバンギャさんはあたしの幸運をまるで自分のことのように喜んでくれていた。すぐ横にいるキールと目が合って、苦笑いしそうになるのをなんとか堪えた。


 この度外れな「幸運」も実際にはレイスの仕業なんだけど、そんなの言えるはずがない。ファンは等しく、上も下もない。それを忘れてしばしば痛い感じになる人もいるけど、あたしは自分が特別だなんて絶対に思わないようにしている。それは昔にイジメに遭った経験もあるかもしれないけど。


 話もそこそこにそれぞれの席へと向かっていく。あたし達は手を振ってそれぞれの健闘を祈った。まあ、頑張るのはクリエクのメンバーなんだけど。


 会場入りすると、トイレを済ませてから席へ向かう。これから先は基本的に水を断つ。なぜなら、おそらく人生で一番大事なライブでトイレに行きたくなっちゃったら最悪だから。


 キールもあたしとくっついてでないと動くことができないから――さすがにトイレでは個室の外にいてもらっているけど――その彼が感動的な場面で、女子トイレであたしが用を足すのを待っていました、なんて場面は絶対にあってはいけない。だから小さなペットボトルの水を用意しておいて、最低限の量だけちびちびと飲んでいく。観る方も本気が必要なんだ。


 会場はやはりというか黒めの装飾がなされていて、極力たくさんの人が観られるように円形のステージが孤島のように中央で浮かんでいる。全席指定ではあるけど、雰囲気的には観客が押し寄せて来ても少しも不思議ではなさそうだった。


 あとは地蔵のように動かず、じっくりと開演の時を待つ。


 会場には黒系の服を着た人が増えていき、武道館の中央に浮かんだ孤島のステージでは最後のサウンドチェックが始まる。


「ああ、やっぱり最高スタッフだな」


 サウンドチェックを眺めていたキールが、あたしにしか聞こえない声で言う。その言葉の意味はすぐに分かった。


 ギター、ベースにドラムはもちろんのこと、マイクのチェックまでしっかりとやっていた。亡くなったキールがひょっこりとステージに上がっても歌えるように。それを見たら、ライブが始まる前からじんわりときた。ところどころからすすり泣く声が聞こえてきて、誰も使わないはずのマイクチェックを揶揄する人なんていなかった。


「本当に、愛されていたんだね」


 その言葉はもちろんキールに向かって放たれたものだったけど、あたしの独り言が聞こえた人たちは勝手に頷いていた。会ったこともないし会話もしたこともないのに、ここまで意思の疎通ができるのって不思議だ。


 客席が黒系の服でいっぱいになると、あちこちから待ちきれない観客たちの手拍子が鳴り響く。あたしも待ちきれなくて、手拍子に加わる。キールはその響きをすごく嬉しそうに聞いていた。


 見上げると、上階の方ではウェーブまで起こっていた。みんなが自律的に、このライブを最高のものに仕上げようとしている。本当に素敵な光景だった。


 開演時間を少しだけ過ぎても、会場全体のウェーブは止まらない。ライブが定刻通りに始まるのはむしろ珍しいバンドもいるぐらいだけど、ファンたちは各々が悔いを残さないように精一杯やれることをやろうとしていた。


 そんな時、会場に流れるハードロックの音量が上がっていく。みんながその意味を理解して大騒ぎする。ライブが始まる――会場のボルテージはそれだけで最高潮に達していた。


 ふいに会場の照明が落ちる。真っ暗闇の中で、歓声が大爆発した。


 どこか悲しげなSEが流れはじめて、仄かな光を放つレーザーライトが会場の闇を断片的に切り裂いていく。


 ――とうとう、始まる。


 あたしの胸に、大半の観客が抱えているであろう緊張と爆発的な興奮が同居している。自分の鼓動が聞こえるみたいに、この胸が高鳴っていくのを感じる。


 会場の暗闇に光り輝く文字が浮き上がる。


"Suddenly, he was gone. We were lost, unsure of what to do. But there's no need for sorrow—he's always with us. We'll prove it tonight. So scream his name as many times as it takes! His name is Keel, the legendary rockstar who will never be forgotten!"

(突然、彼は去った。私たちは途方に暮れ、どうすればいいか分からなかった。でも悲しむ必要はない。彼はいつもそばにいる。私たちが今夜、それを証明する。だから何度でも彼の名を叫んでくれ。彼の名はキール、永遠に忘れられない伝説のロックスター)


 英語を勉強しておいて良かった。


 煽り文句を理解したあたしは、当のキールが隣にいるにも関わらず熱狂で叫ぶ。武道館全体が、歓喜の雄たけびを上げているかのようだった。


 SEの曲調が盛り上がり、会場の真ん中にある孤島からレーザーライトの光が溢れ出す。大歓声の中で孤島に小さな穴が空いたかと思うと、それぞれの小さな穴からクリムゾン・エクリプスのメンバーたちが現れた。


「わああああ! すごい!」


 リハを見ていたとはいえ、こんな演出をすると思ってもみなかったあたしは大興奮だった。メンバーたちは凛とした目で観客たちを見やり、各々の楽器を手に取る。


「それじゃあ、俺も行ってくるわ」


 そう言うと隣にいたキールが孤島のステージへと駆け上がる。たとえあたし以外には姿が見えていなくても、キールにとってはステージに立つ意味がちゃんとあった。


「最高だな、おい!」


 キールは真剣な目をしたメンバーたちに笑いかける。たとえ姿が見えず、声が聞こえなくとも、何かは届いているであろうと信じて。


 ああ、やっぱりキールは最高だ。


 流れるような黒髪はレーザーライトの光を反射して光り輝いており、その目は地球上にいる女性という女性のハートを撃ち抜くレベルの光を放っていた。


 ――やっぱり、あなたはあたしの最推しだよ。


 それは物理的にはあたしにしか見えていないのかもしれないけど、きっと会場のみんなも心のどこかでは見えているんだと思う。そう思うと、しょっぱなから涙が出てきた。


 だけど、あたしが本格的に泣き出す前に会場から大歓声が起こる。


 会場に設置されたモニターにキールの姿が映り込んだ。ベタな演出ではあるけど、やっぱりキールを失った悲しみに打ちひしがれていた人々は叫ばずにはいられない。その様子を、マイクスタンドを握ったキールが嬉しそうに、それでいてどこか寂しそうに眺めていた。


 映し出されたキールの映像は、会場の一人一人に語りかける。


「お前たち、待たせたな。今日は死ぬほど楽しんで、全部出し切って帰れよ!」


 過去の映像から切り取られた煽り文句は、武道館を興奮の坩堝(るつぼ)へと追いやる。まだ一曲も演奏していないのに、観客たちがバカみたいにでかい歓声を上げた。そして、それはあたしも一緒だった。


 いつも以上に気合の入ったノクスのドラムが轟くと、レイスのギターが唸りを上げて一曲目が始まる。皮肉にもその選曲は「生まれ変わり」を意味するReincarnationをもじったRe:incarnationだった。


 キールがマイクスタンドを持ち、全力で咆哮を上げる。


 会場に響く歌声は過去の録音の再生なのに、あたしはこのライブが伝説になると確信した。

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