絆
――武道館公演の日がやって来た。
当初こそキール抜きの公演をやることについて賛否の入り乱れる現象が起こっていたものの、それが逆に宣伝効果にでもなったのか、いざチケットが発売されると秒で売り切れた。最近だとこういう現象も珍しいみたい。でも、あたしの愛したクリエクだからね。
あたしは久しぶりに地雷系ファッションに身を包む。ここまで来ると、もはや正装の域にきていた。
ほとんど関係者のファンであるあたしは、変に目立たないように早い時間から会場入りする。まだ開始時刻はずっと先なのに、開演を待ちきれないファンたちが武道館の周辺にチラホラと見られた。演者だけでなく、見る方もガチだった。
「あ、レイアちゃん!」
聞き覚えのあるこえがしたと思ったら、振り返った先におバンギャさんがいた。なんか久しぶりにその名で呼ばれたので、一瞬誰が呼ばれたのか分からなかった。
クリエクのツアーTシャツにジーンズといういつもの恰好だけど、相変わらず顔の造詣がエグいぐらい美しい。不意を突かれたあたしはちょっとビックリしながら「あ、ども」と返事をする。
「やっぱり来ていたのね」
「ええ、どうしても……」
どうしても何がしたかったのか、自分でも分からなくて言葉が続かなかった。だけど、おバンギャさんにとっては大した問題でもなさそうだった。
「そうだよね。どうしても観たかったよね。キールがいなくても、クリエクはクリエクだもんね」
泣きながらあたしの手を握ってうんうんと頷くおバンギャさん。そのキールがまさかあたしの隣で苦笑いしているなんて思いもしないだろう。でも、彼女があたしのことを心配してくれるのは純粋に嬉しかった。
「はい。今後のことは分からないですけど、でも、だからこそバンドに寄り添おうって思ったから……」
「レイアちゃん、成長したよね。そんなことを言うなんて。私は嬉しいよ」
そう言っておバンギャさんはポロポロと涙をこぼす。あたしもそうだったように、彼女もキールが亡くなって以降はいっぱいいっぱいだったんだなって、この時に気付いた。
その後に軽く雑談を交わすと、彼女に見つからないようウロウロするフリをして武道館の関係者入口へと入っていく。今さらになって、なんでこんなに目立つ格好で来てしまったんだろうと後悔した。
あたしが開始の何時間も前に会場入りしたのは、何も役得でリハーサルを見たいということではない。キールを最後のリハに参加させるためだった。
キールはどうしてかあたしのいる場所から動くことができない。そうなるとキールが望んだ場所へ行くにはあたしも一緒に行く必要がある。
ぶっちゃけた話、他の人からは見えないしマイクで声も拾えないキールがリハーサルに参加する意味はあんまりない。だけど、あたしとしてはキールにこの大舞台の空気だけでなく、そこに至るまでの道のりもしっかりと味わってほしかった。なんでって訊かれるなら、それはキールがあたしの推しだからだ。それ以上の理由なんて無い。
ステージのそでからリハーサルを見守る。やっぱりというか、まだメイクをしていないレイスがものすごい怖い顔でギターを弾いていた。その他のメンバーたちも、調整をしながら思い思いに音を出している。
レイスはちょっとだけ弾いては音響に細かい指示を出すという過程を繰り返していた。やっぱり職人なのか、完璧にしないと気が済まないらしい。指示された側のスタッフたちは汗を流しながらあちこちを走り回っている。
「相変わらずおっかねえ顔してるな」
キールが笑ってステージへと歩いていく。マイクの前まで来て、周囲を見渡す。そこから全体を見たことはないけど、きっとすごい光景なんだろうなって思う。バンドマンであれば誰もが夢見るような光景を、今の彼は見つめているんだ。そう思うと涙が出てきた。
「怜愛ちゃん、こんな時間からやる気だねえ」
完全に油断していたあたしは、いきなり後ろから話しかけられて心臓が止まりかける。振り返ると莉乃さんが笑っていた。
泣いていたのがバレたのか、一瞬莉乃さんがフリーズする。
「こんなところで泣くのはまだ早いよ」
苦笑いしつつも、莉乃さんの目にもいくらか光るものが見えた。本当に今日の公演には色んな人の色んな想いが詰まっている。
この公演ではサプライズで新しい音源を手渡す試みがあるけど、公演後に今後のクリエクがどうなるのかは正直なところ誰にも分からない。言ってしまえば、クリエクが解散する可能性すらある。誰もそうは言わないけど。
そんなギリギリな状況を理解しているからこそ、メンバーたちの取り組み方も今までのツアーとは比べ物にならないほど真剣なものになった。その本気の空気が会場中に充満していた。
莉乃さんは色々と機材関係の調整があるようで、挨拶もそこそこにどこかへ行ってしまった。ステージの上ではちょっと入れ込み過ぎなぐらいのリハーサルが続いている。
ある程度やると気が済んだのか、キールがリハから戻ってくる。
「いいの?」
「ああ、最後までいたら怜愛ちゃんにセトリがネタバレになるだろ?」
「ああ、まあ確かに」
「それにさ、マイクスタンドの足元にセトリが書いてあった。つまりだ、俺がここに来るって、メンバーもスタッフも知っているってことだ」
そう言われた瞬間、視界が滲んだ。
スタッフの人たちは、キールが会場に現れても困らないように、セットリストの書いてあるカンペを足元に張っていた。こうすれば、キールが曲順を間違えることはないと。
つくづく仲間想いの人たちに囲まれたバンドなんだなって思った。それだけで涙が出てくる。
今日の夜は、きっとファンにとって幸せな瞬間になる。それは悲しみなんかじゃなくて、未来を歩んでいくだけの勇気を与えられるものになるはず。そんな確信を得ながら、あたしは舞台のそでから去っていった。




