神曲爆誕
試聴会の日がやって来て、あたしはレイスの待っているスタジオへと向かった。もちろん、あたしにしか見えないキールも一緒に。
スタジオは郊外の地味なところにあって、ちょっとした秘密基地感があった。レコーディングとは別の部屋を借りて、レイスはこもって作業をしていたらしい。
スタジオにはレイスだけじゃなくて、他のメンバーもいた。ギターのヴェイルにベースのルクス、ドラムのノクスもあたしを歓迎してくれる。
「怜愛ちゃん元気か。ちょっとしか経ってないのに見違えるな」
「え? そうですか? 自分ではそう思いませんけど」
ノクスに言われて、思わず戸惑う。彼の言葉には多分にヨイショも入っているはずだけど、それでもここ最近は色々なことがあったから、あたしの見た目も少しは変わっているのかもしれない。
レコーディングの無いキールと一緒にいたあたしは、ただ暇をつぶすだけではなく、キールの個人的なリハーサルのようなことをやっていた。キールの姿はあたしにしか見えないし、声だって他の人には聞こえない。
それでも彼なりに最高のものを提供したいと思っていたようで、キールの買い込んだ機材に埋もれる部屋で、あたし達は本気でリハーサルをやっていた。もちろん自己満足でしかないけど、今回の自己満足はあたしにとってもキールにとっても意味合いが変わってくる。だからそのガチさが、他の人があたしを見違える何かを生んだのかもしれない。
雑談もそこそこに、後から来たレイスに呼ばれて別室へと移動する。徹夜続きと作業が終わった達成感で、職人気質のレイスはちょっとおかしなテンションになっていた。
「寝てないんだろうな」
ヴェイルが言うと、他のメンバーたちが笑う。そう珍しい光景でもないらしい。
談笑しながら移動するも、いざ用意された席に座ると誰も口を開かなくなった。
部屋には莉乃さんをはじめとした関係者も複数いて、誰もが雑音を発さないよう微動だにしない。今この部屋でくしゃみでもすれば万死に値する行為になるんだろう。そういうわけで、あたしも緊張気味に席へ着く。
「それじゃあ、やるぞ」
目の下にクマを作ったレイスが完成した音源を再生機に入れる。CDが機械に飲み込まれていくのを見るだけなのに、ひどく緊張した。
息を止めて再生の開始を待つと、ヴェイルのアコースティックギターが響きはじめる。ちょっとだけメロウなフレーズが続くと、間をおいてから一斉にすべての楽器が鳴り響く。
思わず宙に浮いて腕組みしているキールと顔を見合わせる。キールでさえも驚いていた。あたしとキールで作った試作品の曲は、まるで別物の曲に生まれ変わっていた。
「すごい」
思わずひとりごちると、ドヤ顔をしたレイスと目が合った。その眼を見た瞬間に分かった。彼には、試作品を聴いた時からこの完成品が見えていたんだと。
やっぱりレイスもキールと同じく天才だった。レイスにとっては完成品がとっくに見えていて、後はそれを掘りおこすだけの作業だったのだろう。
キールの声を乗せた新曲は、間違いなく音楽史に残るであろうバラードになっていた。
本当にすごい。聴いているだけで涙が出てくる。ふと他の人たちを見ると、あたし以外にも涙を流している人たちばかりだった。キールまで泣いていた。器用な幽霊だなって思いながら、あたしも泣いた。
曲が終わると誰もが言葉を失っていた。どんな言葉も陳腐な表現になりそうで、迂闊に口を開くことができない。そんな空気だった。
あまりにも沈黙が長かったせいか、レイスが口を開く。
「どうだった、キールの置き土産は?」
「すげえよ。初めて聴いた時も感動したけどさ、レコーディングとアレンジでバケモノみたいな曲になってる」
ノクスが興奮気味に言う。他のメンバーも無言で頷いていた。
「最後の最後に、とんでもない曲を残して逝きやがったよ」
ルクスが目を潤ませて言う。釣られてあたしも泣きそうになる。
「これ、時代が時代だったらミリオンに行ってる曲なんだろうな」
ヴェイルが微妙な表情で言う。今の時代はサブスクリプションが主流になっていて、CDを買う人自体が珍しい方になっている。そうなる前の時代であれば、この曲は音源が売れまくって一時代を築いたであろう。そんな含みを持っていた。
ヴェイルは続ける。
「しかしよ、これを武道館で無料配布するのか」
「ああ、それもサプライズでな。入場者にフライヤーとともに袋で手渡すから、新曲が入っているのは最後のスタッフロールで流れる文字でしか公開されない。だから帰ってから音源の存在に気付くファンも出てくるだろうよ」
レイスがイタズラっぽく笑う。レイスの言葉を聴いて、今後ライブで手渡された袋は絶対に忘れず持ち帰ろうと密かに誓った。
莉乃さんも来ていたので視線をやると、めっちゃ泣いていた。彼女にとっては、あまりにも特別な想いが強すぎるのだろう。そう分析したあたしも、莉乃さんの涙に釣られて思いっきり泣いた。
キールは莉乃さんをちょっと寂しそうな笑顔で見つめて、小さな声で「良かったよ」と呟いた。キールが届けたかった想いって、もともとは莉乃さんだったんだからね。悔しいけど、そういう想いが死しても意中の人へ届いたっていうのは感動的だった。
試聴会の後はみんながおかしなテンションになっていた。レイスの様子が何でおかしかったのか、その理由が分かった気がした。それはきっと徹夜と作業完成からくる達成感だけじゃない。バケモノみたいな楽曲を生み出した者だけが味わえる、特殊な高揚だった。
子供みたいにはしゃぐメンバーたちを見て、ああ、いいなと思った。あたしにもこんな仲間がいれば、自分でもバンドをやっていたかもね。キールの手伝いをやっていたこともあり、そんな考えが浮かんだ。
ともかく、キールは本当にとんでもないものを遺してくれた。この曲は絶対にファンへと届けられるべきだ。
役得とはいえ、なんだかすごい光景を目撃してしまったなと思った。
武道館ライブが終わったら自分でも楽器をやってみようか――そんな気分になった。
もうみんなの準備はできている。あとは本番を迎えて、最強で最高のクリムゾン・エクリプスを見せるだけだ。




